一本足打法で世界を魅了した男、王貞治。その名は「世界の王」として、日本のみならず全世界の野球史に燦然と輝いている。国民栄誉賞第一号に選ばれ、868本という前人未到の通算本塁打記録を樹立した彼の野球人生は、まさに伝説そのものだ。盟友・長嶋茂雄と築いた「ON砲」は読売ジャイアンツのV9時代を支え、引退後は監督としてもWBC日本代表を初代王者に導くなど、その影響力は計り知れない。しかし、その栄光の裏側には、数知れない苦悩と決断の連続があった。日本生まれでありながら、生涯を台湾籍で通した男の、知られざる葛藤とは。

基本プロフィール

出身地 東京府東京市本所区(現在の東京都墨田区本所)
身長 177cm

仮死状態から生まれた一本足打法の萌芽

戦火がまだ残る東京の下町で、生まれた時から命の灯火が危うかった少年がいた。仮死状態で生まれ、3歳までまともに立てなかったという王貞治である。病弱な体を案じた両親は、出生届すら10日間もためらったというから、その幼少期がいかに心もとないものだったかがわかる。しかし、その細い体に宿っていたのは、やがて世界を驚かせる驚異的な打撃の萌芽だった。

彼の野球との出会いは、決して順風満帆ではなかった。墨田区立本所中学校時代、野球部に入りたかった王少年は、当時はまだ外国人登録証の携帯が義務づけられていたため、試合に出られないことを理由に断られてしまう。それでも彼はめげず、軟式野球チーム「大和団」でプレーを続けた。ここで培われたのが、後に「世界のフラミンゴ」と称される一本足打法の原型だ。バットを振るたびに右足が浮く癖は、当時からすでにあったという。

そして運命の1959年、早稲田実業高校のスカウトの目に留まる。甲子園出場経験はなかったが、その長身と潜在能力は紛れもないものだった。卒業後、読売ジャイアンツと阪神タイガースが激しい争奪戦を繰り広げ、ついに巨人が交渉権を獲得。こうして、病弱な少年は、日本を代表する球団の門を叩いたのである。

世界記録756号とON砲による飛躍

彼のブレイクは、挫折の裏返しだった。入団3年目、平凡な打撃に悩んだ王貞治は、当時二軍監督だった荒川博と出会う。一本足を上げ、体の開きを抑える「一本足打法」の指導を受けるが、当初は全く結果が出ない。フォーム改造に伴う不振は深刻で、スタンドからは「中国に帰れ」とのヤジまで飛んだ。しかし、彼は揺るがなかった。1962年5月、ついに新打法で初本塁打を放つ。その瞬間、長年の苦悩が炸裂するエネルギーへと変わる契機となったのだ。

「世界の王」の代名詞とも言える代表作は、言うまでもなく1973年から1974年にかけて達成した「シーズン55本塁打」と「通算本塁打世界記録」である。特に1977年9月3日、後楽園球場で放った通算756号本塁打は、ハンク・アーロンのメジャー記録を超える世界新記録として、日本のみならず世界のスポーツ史に刻まれた瞬間だった。盟友・長嶋茂雄との「ON砲」は巨人V9時代の原動力となり、その一打一打がファンだけでなく、野球そのものの価値を高めていった。

王貞治の魅力は、驚異的な記録の数々以上に、そこに至るまでの不断の努力と、逆境をバネにする精神力にある。外国人選手として、また独特の打法の開拓者として、常に批判と挑戦の目にさらされながら、己の道をひたすらに歩み続けた。一本足で立ち、静かにバットを構えるその姿は、孤高の求道者のようでありながら、チームのために結果を出し続けるプロフェッショナルの鑑でもあった。彼が打席に立つとき、スタジアムはただ一人の男の、孤独で壮麗な戦いを見守ったのである。

国民栄誉賞とWBC優勝を導いた真価

世界の王は、生まれた時から世界記録保持者だった。なんと戸籍上の誕生日と実際の誕生日が10日も違うのだ。病弱で仮死状態で生まれたため、両親が「この子は長く持ちそうにない」と出生届の提出をためらったからだという。その幼い命が、やがて868本の本塁打という不滅の金字塔を打ち立てることになる。

一本足打法の完成には、意外なほどの苦悩が隠されている。フラミンゴ打法と呼ばれるあの独特の構えは、スランプに陥った王が、当時コーチだった荒川博とともに試行錯誤の末に編み出したものだ。最初は周囲から奇異の目で見られたが、そのフォームこそが世界の王を生み出す起爆剤となったのである。

1977年9月3日、後楽園球場でハンク・アーロンの世界記録を抜く756号本塁打を放った瞬間、スタンドは沸き返った。この偉業を称え、日本で初めて設けられた国民栄誉賞の第1号受賞者となった。外国籍でこの栄誉に浴したのは、今でも王ただ一人である。

しかし、王の真価は記録だけでは測れない。現役引退後は監督としても手腕を発揮し、2006年のWBCでは日本代表を初優勝に導いた。まさに野球人生そのものが、日本と世界を結ぶ架け橋となっているのだ。

現在もソフトバンクホークスの会長として球界に君臨する王貞治。その足跡は、まさに「世界の王」にふさわしい輝きを放ち続けている。

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