「伊丹十三が、妻を主役にした映画を撮るまで、誰も彼女の本当の実力に気づかなかった」宮本信子のキャリアを一言で表すなら、これに尽きるだろう。『男はつらいよ 純情篇』で渥美清と共演し、子持ちの女性・絹代を演じて注目を浴びた彼女だが、その後は長らく「名脇役」の域を出なかった。しかし、夫である伊丹十三が監督としてメガホンを握り、彼女を主演に据えた『お葬式』が1984年に公開されると、状況は一変する。それまで表に出ていなかった宮本の圧倒的なコメディセンスと人間味あふれる演技が爆発し、一躍日本を代表する女優の座に駆け上がったのだ。夫婦の絆が生んだ奇跡のブレイク、その裏側には、伊丹の確かな眼力と、宮本の長年にわたる研鑽があったに違いない。

基本プロフィール

生年月日 1945年3月27日
出身地 北海道小樽市
身長 157cm
血液型 O型
所属事務所 東宝芸能
ジャンル 女優・歌手

伊丹十三との出会いが生んだ女優

彼女の人生は、ある出会いによって二度、劇的に変わることになる。最初は、あの稀代の映画監督との運命的な出会いだ。北海道・小樽に生まれ、名古屋で育った宮本信子が演劇の道を志したのは高校卒業後。文学座付属演劇研究所を経て、劇団青俳で研鑽を積む。しかし、その才能が一気に開花する契機は、意外な形で訪れた。NHKドラマ『あしたの家族』での共演をきっかけに、俳優・伊丹十三と恋に落ち、1969年に結婚。この選択が、彼女のその後のキャリア、いや人生そのものを決定づけたと言っても過言ではない。

結婚後も女優としての活動は続けたが、子育ての時期には脇役が中心だった。森繁久弥や渥美清といった大物俳優と共演した『男はつらいよ 純情篇』で存在感を示すも、主役の座はなかなか巡ってこない。しかし、彼女の才能を誰よりも信じていた男がいた。夫・伊丹十三である。「妻はいい女優なのに、なかなか主役の話が来ない。ならば彼女を主役にした映画を自分で撮ってしまえば良い」。伊丹がそう宣言して撮ったのが、1984年の『お葬式』であった。

子育てが一段落した時期に舞い込んだ、夫からの挑戦状。この主演の機会が、彼女を一躍、日本を代表する女優へと押し上げるブレイクスルーとなる。『お葬式』での雨宮千鶴子役は、彼女に初めて主役の座と、それに伴う圧倒的な評価をもたらした。以降、伊丹作品の常連として、『タンポポ』『マルサの女』『スーパーの女』と、作品ごとに全く異なる個性豊かな女性を演じ分け、数々の栄誉を手にしていく。伊丹十三という天才が、妻という名の原石を磨き上げ、最高の輝きを放たせたのだ。彼女のデビューからスターへの道程は、まさに夫婦二人三脚の軌跡そのものだったと言えるだろう。

『お葬式』から始まる伊丹作品の主役

彼女の才能に最初に気づいたのは、夫だった。宮本信子が世間にその名を刻んだのは、伊丹十三監督の『お葬式』への主演がきっかけである。子育てに一段落ついた40代半ば、それまで脇役が多かった女優に、夫は大胆にも主役の座を与えた。伊丹は「妻を主役にした映画を自分で撮ればいい」と語っている。その決断が、日本映画史に残る名女優の誕生を告げる号砲となったのだ。

『お葬式』で不器用ながらも懸命に葬儀を切り盛りする未亡人を演じた宮本は、一気にブレイクの階段を駆け上がる。以降、伊丹作品のほぼ全てに出演し、『タンポポ』のラーメン屋女将、『マルサの女』の敏腕国税局査察官、『スーパーの女』のパート主婦など、実に多彩な役柄を見事に演じ分けた。どの役も、どこか飄々としながらも芯の強さを秘めた、彼女ならではの魅力に満ちている。

特に『マルサの女』の板倉亮子は、鋭い眼光と飄々とした口調で脱税者を追い詰める名演で、彼女の代表作として不動の地位を築いた。夫婦の共同作業が生み出した数々のキャラクターは、日本社会の様々な断面をコミカルに、そして時に痛烈に描き出したのである。

伊丹との死別後は活動を縮小したが、近年では『眉山』や『メタモルフォーゼの縁側』で、深みを増した演技を見せている。ブレイクのきっかけは夫の慧眼にあったが、その才能を輝かせ続けるのは、彼女自身の不断の努力と豊かな人間性に他ならない。

出演作品

公開・放送開始年 作品名
2024 海に眠るダイヤモンド
2024 母の待つ里
2024 忍びの家 House of Ninjas
2023 日曜の夜ぐらいは…
2023 チョコレートな人々
2022 ハウ
2022 メタモルフォーゼの縁側
2021 キネマの神様
2020 STAND BY ME ドラえもん2
2019 あの家に暮らす四人の女
2018 この世界の片隅に
2017 ひよっこ
2017 北斗 ある殺人者の回心
2016 氷の轍
2016 坊っちゃん
2015 ここにある幸せ
2014 高畑勲、『かぐや姫の物語』をつくる。〜ジブリ第7スタジオ、933日の伝説〜
2014 私という運命について
2013 かぐや姫の物語
2013 あまちゃん
2012 こだわり男とマルサの女
2011 聯合艦隊司令長官 山本五十六 – 太平洋戦争70年目の真実
2011 A Place for Us: West Side Story's Legacy
2011 阪急電車 片道15分の奇跡
2010 青空どろぼう
2007 眉山
2007 どんど晴れ
2007 13の顔を持つ男-伊丹十三の肖像
2003 北の国から 記憶 前編
2002 まんてん

夫の死後、ジャズシンガーとして再出発

彼女の人生は、夫の死をきっかけに、全く新しい色に染め変わった。宮本信子がジャズシンガーとしてステージに立つ姿は、多くのファンを驚かせたに違いない。あの伊丹十三監督作品でみせたコミカルでエネルギッシュな役柄からは想像もつかない、深くしなやかな歌声。1997年の最愛の夫との死別は、彼女を「女優・宮本信子」から解き放ち、新たな表現者へと変貌させたのだ。

その芸能生活は、決して順風満帆なスタートではなかった。子役としてではなく、文学座附属演劇研究所を経て本格的に演技の道へ。1969年に伊丹十三と結婚後は、子育てに注力しながら脇役をこなす日々が続く。転機は1984年、夫・伊丹が「彼女を主役にした映画を撮ろう」と決意して撮った『お葬式』だった。この作品での主演が高く評価され、彼女は一気に日本を代表する女優の地位を確立する。以後の伊丹作品では、『タンポポ』のラーメン店主から『マルサの女』の敏腕会計検査官まで、実に多彩な役柄を演じ分け、数々の映画賞を総なめにした。

意外なのは、その多芸ぶりだ。小唄やジャズダンスを趣味とし、『あげまん』や『マルタイの女』では自らその腕前を披露。まさに役のために生きる女優魂がうかがえる。また、30代半ばで『本日も晴天なり』において、ほぼ同世代の原日出子の老いた母親役を見事に演じきったエピソードは、その演技力の幅の広さを物語っている。

2011年には『阪急電車 片道15分の奇跡』で報知映画賞助演女優賞を受賞。そして2022年、芦田愛菜主演の『メタモルフォーゼの縁側』での演技が評価され、日本映画批評家大賞のダイヤモンド大賞(淀川長治賞)を受賞する。同年には旭日小綬章も受章し、その功績が改めて称えられた。夫の死後、一時は映画館に足を踏み入れるのも怖くなったという彼女が、再びスクリーンで輝きを放ち続ける背景には、役者としての飽くなき探求心がある。伊丹十三記念館の館長として夫の遺志を継ぎつつ、今なお新たな挑戦を続ける姿勢こそが、宮本信子の真骨頂なのだ。

おすすめの記事