野村克也「松本人志を長年嫌っていた」因縁の「ウラ事情」とは
出典:野村克也オフィシャルサイト

 2月11日、84歳で死去した野村克也。プロ野球・南海ホークスで三冠王を獲得し、ヤクルト、阪神、楽天で指揮を執った“ノムさん”の訃報に彼を惜しむ声が広がっている。

「マー君、神の子、不思議な子」など多数の名言

 監督時代、卓越した指導力が「野村再生工場」「ID野球」と称された野村。軽妙洒脱な語り口で知られ「王や長嶋がヒマワリなら、オレはひっそりと日本海に咲く月見草」「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」「生涯一捕手」「マー君、神の子、不思議な子」など様々な名言を残した。

 1978年に前妻との離婚が成立した野村は、“サッチー”こと沙知代夫人と再婚。その後、野村と沙知代夫人は球界きってのおしどり夫婦として知られるようになる。

1993年4月に「俺の花だよ月見草」で歌手デビュー

 後年は、多数のバラエティ番組に出演するなど芸能界でも人気を集めた。1993年4月に「俺の花だよ月見草」で歌手デビュー。楽天監督時代の2009年1月には沙知代夫人が作詞を担当した16年ぶりのシングルCD「女房よ・・・」を発売し、TBS系「うたばん」に夫妻で出演し、話題を集めた。

 そんな野村の口から飛び出した「衝撃的告白」が「長年、ダウンタウン・松本人志を嫌っていた」というもの。

 2016年2月19日放送のフジテレビ系「ダウンタウンなう」のコーナー「本音でハシゴ酒」に教え子であるヤンキース・田中将大とともにゲスト出演した野村は、飲み物を勧める松本に「テレビの松本は普段と違うな」「こんな無礼な男がよく芸能界で生きてこられたな」と険しい反応。

野村が明かした「ダウンタウン・松本人志との因縁」

「一回、僕はテレビで会ったことあるでしょう。俺に挨拶もせんとスーッと帰っちゃったやん」「浜田さんもあっけに取られちゃってさ『あいつなんじゃ』って顔してたやん」と過去の収録で松本に無視された「因縁」を明かしたのだ。

 身に覚えがなく「そんなに嫌ってたんや」と驚く松本に対し、野村は「嫌ってたよ」と断言。

 野村から衝撃的な告白を受けた松本は、同年3月11日放送の同番組で「まだ野村克也にはわだかまりがある」「あない言われる筋合いあるか」「ホンマに間違ってるからなあのオッサン。一回会った時っていうけど何回も会ってるから」と双方の「不仲」に発展する事態となったのだ。

「松本は本当に気づいていなかったのでは」

 野村による「松本人志への因縁告白」について「『挨拶しようとした野村を松本が無視した』との構図ですが、松本が本当に気づいていなかった可能性が大きいでしょうね」とテレビ関係者が指摘する。

「野村がダウンタウンとバラエティで共演し始めたのは、ヤクルト監督時代の90年代前半から。この頃、人気絶頂だったダウンタウンは共演者のひとりひとりと丁寧に挨拶する余裕はなかったはず。松本が普通に対応しているつもりでも野村が『無視された』との思いを抱いくことになっても不思議ではありません」



「ヤクルトのセ・リーグ制覇と『ごっつええ感じ』打ち切り」

 さらに同関係者は「ウラ事情として松本とヤクルトスワローズとの因縁も尾を引いているはず」と語る。

「ダウンタウンの人気コント番組『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ系)が1997年11月2日に打ち切りとなった大きなきっかけが、同年9月28日に放送予定だった『ごっつええ感じ 秋の2時間スペシャル』が急遽、ヤクルトがセ・リーグ優勝を決める試合の中継に差し替えとなり、松本がフジテレビの対応に激怒したこと。松本にとって球団への悪意が一切ないにしても、この件を聞いた野村が松本に好ましくない感情を抱いた可能性は大いにある。実際に当時『ヤクルトの一部の選手が松本の言動に不快感を持っている』と聞きましたね」(同関係者)

 テレビ界でも絶大な存在感を示した野村であった。

(川本みゆき)