「バスケットボールが、僕をアイドルにした」――。Travis Japanの吉澤閑也は、そう語るかもしれない。NBA選手を夢見た少年が、なぜジャニーズJr.の道を選んだのか。その背景には、挫折と、そこから生まれた並外れた反骨心があった。

基本プロフィール

フリガナ よしざわ しずや
生年月日 1995年8月10日
出身地 神奈川県
身長 173cm
血液型 A型
所属事務所 ジャニーズ事務所 → SMILE-UP.(2009年 - 2024年)・STARTO ENTERTAINMENT(2024年 - )}}
ジャンル アイドル・俳優・歌手・タレント

NBAからジャニーズJr.への反骨の道

幼い頃の夢はNBA選手だった。バスケットボールに明け暮れる少年が、なぜ世界を舞台に踊るアイドルになったのか。その答えは、姉の部屋から流れてきた音楽にあった。

小学4年生でジャニーズ事務所に履歴書を送ったが、音沙汰はない。それでも諦めきれなかった彼は、テレビ番組のオーディションに挑戦する。合格はしなかったが、その情熱は関係者の目に留まったのだ。2009年、ついにジャニーズJr.の一員となった吉澤閑也の長い道のりが始まる。

当初はダンス未経験。先輩からの厳しい指導に反骨心を燃やし、ひたすら練習を重ねた。やがて彼は振り付けを覚えるだけでなく、自ら創作する側へと成長していく。誰かの代役を務められるよう、全ての動きを脳裏に刻む努力家ぶりは、ここで培われたと言えるだろう。

2012年、Travis Japanのメンバーとして新たなステージに立つ。そして10年後、グループはロサンゼルスへ渡り、世界デビューを果たすのである。しかしその直後、彼は両足の疲労骨折と適応障害で活動休止に追い込まれる。頂点を目前にした、苦しい挫折だった。

それでも再起を果たしたのは、幼少期から変わらぬ「好き」を貫く強さがあったからに違いない。バスケットボールへの情熱は、今や専門番組の応援リーダーとして結実している。一本の道を極めようとするその姿勢は、アイドルとしての表現にも確実に活かされているのだ。

世界デビューを阻んだ二つの挫折

ついに掴んだ世界への切符。その裏にあったのは、挫折と闘病という想像を絶する試練だった。

吉澤閑也のブレイクの決定的な瞬間は、2022年秋、Travis Japanとしての全世界メジャーデビューに違いない。グループ初の配信シングル『JUST DANCE!』は、ジャニーズ事務所の歴史に新たな一歩を刻んだ。しかし、その栄光の舞台に立つまでの数ヶ月、彼はロサンゼルスでの留学中、両足の疲労骨折の悪化と適応障害という二重の苦しみと向き合っていた。活動休止という苦渋の決断を経て、見事に復帰を果たしたその姿こそが、彼の芸能界における真の「デビュー」だったと言えるだろう。

彼の代表作は、何と言っても自身が振付を数多く手掛けるTravis Japanのパフォーマンスそのものである。ダンス未経験で入所した反骨心が、今では「客観的にかっこいいと思われる動き」を追求するクリエイター魂へと昇華した。ステージ上で爆発するエネルギーは、幼い頃に夢見たNBA選手のようなアスリート性と、バスケットボールで培った空間認識能力が下支えしている。その情熱は芸能の枠を超え、バスケ専門番組『熱血バスケ』の応援リーダーとして、選手とファンの心を熱くつなぐ役割へと広がっている。

俳優としても新たな挑戦が始まっている。2025年1月期の連続ドラマ『地獄の果てまで連れていく』への出演は、アイドルのイメージを超えた役どころで、彼の新たな可能性をファンに強烈に印象付けるに違いない。読書家としての内省的な側面が、役作りにどのような深みをもたらすのか、今から楽しみでならない。

挫折を跳ね返す強靭な精神と、誰かのために芸を磨く謙虚な姿勢。その二つが交わる場所に、吉澤閑也という稀有なアイドルの魅力が輝いている。

出演作品

公開・放送開始年 作品名
2026 COUNTDOWN CONCERT 2025-2026 STARTO to MOVE
2025 Travis JapanノJUST!シン日本遺産
2025 地獄の果てまで連れていく

バスケ部キャプテンが目指す「かっこいい」

彼の目には、今でもあのバスケットコートが映っているかもしれない。Travis Japanの吉澤閑也は、NBA選手を夢見た元バスケ部キャプテンなのである。

「閑也」という名前は、ドラマ『静かなるドン』の主人公・近藤静也に由来し、「閑静」から字を取ったものだ。静かな子になってほしいという両親の願いとは裏腹に、彼はコートを駆け回る活発な少年に育った。小学4年でジャニーズ事務所に履歴書を送り、返事がなくとも諦めなかったその根性は、バスケで培われたものに違いない。中学ではスモールフォワード、高校では自ら部を創設しポイントガードを務めるなど、その情熱は並々ならぬものがあった。

そんな彼が、ダンス未経験でジャニーズJr.の世界に飛び込んだ当初は、当然ながら苦戦を強いられる。しかし、ここで彼の反骨心が火をつける。先輩からの厳しい言葉をバネに、彼は誰よりも練習に打ち込み、やがては自分以外の全員の振り付けまで覚えこんでしまうほどになった。今やグループの振付を数多く手がける核心メンバーだが、その創作の源にあるのは「自分がかっこいい」ではなく、「ファンが驚き、喜んでくれる動き」だという。ここに、観客を見つめる元アスリートの視点が生きている。

2022年、グループとして初の全世界メジャーデビューを果たす直前に、彼は試練に直面する。両足の疲労骨折と適応障害による活動休止だ。しかし、たった一ヶ月で復帰を果たした強靭な精神は、挫折を知るアスリートならではの回復力だろう。

現在、彼のバスケ愛は仕事にも結実している。バスケ専門番組『熱血バスケ』の応援リーダーとして、選手とファンの架け橋となるその姿は、かつてコートで仲間を鼓舞していたキャプテンの面影を色濃く残している。読書家という静かな一面も持ち合わせる彼は、アイドルという枠を超えて、等身大の熱意を伝え続ける男なのだ。

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