出典:「萩原 健一 KENICHI HAGIWARA OFFICIAL WEB SITE」

2019年3月26日にこの世を去った“ショーケン”こと萩原健一。生前から破天荒な性格で知られていた萩原だが、彼の死をきっかけに様々なエピソードが新たに報じられている。

4月3日の「ショーケンが語って周囲を凍りつかせた裕次郎さんとの『因縁』」と題したFRIDAYデジタルの記事では番組収録中に萩原が「石原裕次郎を誹謗する言葉」を連発していたと紹介。

さらに4月6日には芸能ジャーナリスト・城下尊之氏による「ショーケンに渡哲也が激怒した“東映京都撮影所騒動”の顛末」と題した記事が日刊ゲンダイデジタルで公開。

同記事によると、かつて京都の東映撮影所で撮影をしていたショーケンと、別の作品で撮影していた渡哲也ら石原軍団がニアミス。石原軍団が食堂に入る直前、虫の居所が悪かったのかショーケンが食堂で「テーブルや椅子がひっくり返され、醤油や調味料が散乱」するほどの大暴れをして出ていったのだという。

困惑する店員から話を聞き、ショーケンの“食堂破壊”に激怒したのが渡哲也。「ショーケンを呼んでこい。ぶっ飛ばしてやる」と大声で指示を出したところ、その怒声が立ち聞きしていたショーケンの耳に入り、渡による“鉄拳制裁”を恐れたショーケンは大慌てで撮影所から脱走したと明かしている。

ショーケンの狼藉ぶりと渡の男気が伝わるエピソードだが、この「渡哲也ブチギレ事件」について芸能記者が補足する。

「おそらくショーケンが撮影していたのは1982年公開の『誘拐報道』ではないかと思います。当時はショーケンが“特に荒れていた時期”と言われていて、あの頃の彼なら食堂を破壊することもあり得ると納得させられます」

食堂で激しい怒りをあらわにした渡だが「ショーケンに対して同様のことは一度だけではなかったと聞いています」と同記者が明かす。

「過去にも渡哲也がショーケンに『注意してやる』」

「両者は『太陽にほえろ!』で出演時期は重なっていないものの『ショーケンの石原裕次郎に対する態度が不遜すぎる』といった評判が石原軍団で高まった結果、渡が『それなら俺が注意してやる』と名乗り出たとか。渡がショーケンを“シメた”のかどうかは分かりませんが、そうした過去の経緯もあって撮影所からの猛スピードでの脱出につながったのでしょうね」

良くも悪くも話題性に溢れたスターなのであった。

(川本みゆき)

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