「買い物に付き合って」と言われて連れて行かれた先が、人生を変えるオーディション会場だった。中学一年生の渡辺翔太は、その場を適当にやり過ごそうと踊っただけだ。しかし、たった一曲のダンスがジャニー喜多川の目に留まり、500人の中から選ばれる。その日から、彼の波乱に満ちたアイドル人生の幕は切って落とされたのだ。

デビューへの道のりは決して平坦ではなかった。早くから才能を認められながらも、デビューチームからは漏れる日々。大学に進学し、アイドル以外の人生を模索した時期さえある。しかし、Snow Manとしての初主演舞台で、涙を流して喜ぶジャニー喜多川の姿を見た瞬間、彼はこの世界に全てを賭けることを決意した。

そして2023年、彼は『DREAM BOYS』という金字塔的な舞台で単独初主演の大役を射止める。一度は断ったそのオファーを、堂本光一が「渡辺がいいんだ」と執拗に説得してきたという。滝沢秀明が初演を務めてから20年。帝国劇場の歴史に名を刻むという重圧を、彼は今、背負っている。あの「買い物」から18年、ついに頂点に立った男の真価が問われる時が来たのだ。

基本プロフィール

フリガナ わたなべ しょうた
生年月日 1992年11月5日
出身地 東京都江戸川区
身長 172cm
血液型 B型
所属事務所 ジャニーズ事務所(2005年 - 2023年)・SMILE-UP.(2023年 - 2024年)・STARTO ENTERTAINMENT(2024年 - )
ジャンル アイドル、タレント、俳優、ファッションモデル

母の策略で舞い込んだジャニーズ合格

買い物に付き合うふりをして連れて行かれた先は、運命のオーディション会場だった。中学一年生の渡辺翔太は、その場を適当にやり過ごそうと踊っただけだ。しかし、たった一曲のダンスがジャニー喜多川の目に留まり、500人の中から選ばれる。数日後には既に帝国劇場の舞台に立ち、嵐の「青春アミーゴ」のバックダンサーとしてカメラの前に立っていた。すべてが疾走感を持って動き出した瞬間である。

しかし、華やかなスタートとは裏腹に、デビューへの道は平坦ではなかった。早くから先輩の隣でマイクを持つ機会に恵まれながら、デビューのチャンスはなかなか訪れない。初めて「ジャニーズじゃない自分」を想像し、不安から大学に進学する。就職活動の時期が迫る中で、この世界で生きていく覚悟を決めかねていた。

その彼を突き動かしたのは、2009年に結成されたSnow Manというユニットと、ある舞台での光景だった。2015年、グループとして初の主演舞台を勝ち取った稽古場。本番直前、完成した舞台を見たジャニー喜多川が「YOUたち最高だよ」と涙を流して喜んだ。その姿を見て、渡辺翔太はこの道でやっていくという決意を固めたのだ。あの買い物ついでのオーディションから、彼は確かに歩みを止めなかった。

ジャニー喜多川の涙が決めたSnow Manの覚悟

買い物に付き合うふりをした母親の策略で、中学一年の少年はジャニーズ事務所のオーディション会場に連れて行かれた。その場をやり過ごすつもりで踊ったダンスが、ジャニー喜多川の「君いいよ」の一言を引き出し、渡辺翔太の運命は動き始める。500人中3人の合格者に選ばれ、その数日後には少年隊主演ミュージカルの舞台に立つという、常人では考えられないスピードデビューだった。

しかし、順風満帆とは程遠い道のりが彼を待っていた。早くから先輩の隣でマイクを持ちながら、自身のユニットでのデビューはなかなか訪れない。大学に進学し、一般企業への就職さえ考えたこともある。その揺れる心を決めたのは、Snow Manとして初めて主演舞台を勝ち取った稽古場での光景だ。完成した舞台を見たジャニー喜多川が「YOUたち最高だよ」と涙を流した瞬間、彼はこの世界に生きる覚悟を固めたという。

結成8年目でのCDデビュー後、彼の魅力は一気に開花する。塩顔のイケメンとして『ViVi』国宝級イケメンランキングで首位を獲得し、その人気はSNSのフォロワー急増に如実に表れた。だが、彼の真骨頂はその端正なルックスだけではない。『DREAM BOYS』の主演オファーを一度は断りながらも、堂本光一の「渡辺がいいんだ」という熱意に応えて挑んだ舞台での成長。そして、『先生さようなら』『青島くんはいじわる』と連続ドラマで記録を塗り替える主演力。彼は確実に、アイドルの枠を超えたエンターテイナーへと進化を遂げている。

美容番長としての知識を軽やかに披露する一方で、TOD'SやSwarovskiといった高級ブランドからはその品性と誠実な人柄を評価される。幼い日に七夕の短冊に「キムタクになりたい」と書いた少年は、今、独自の輝きを放つ「時代の顔」として、新たな伝説を刻み続けているのだ。

出演作品

公開・放送開始年 作品名
2026 COUNTDOWN CONCERT 2025-2026 STARTO to MOVE
2025 ネツダン
2025 オーストリアに憧れて~渡辺翔太 煌めきの旅路~
2025 旅するSnow Man - Traveling with Snow Man -
2025 事故物件ゾク 恐い間取り
2025 Snow Man Dome Tour 2024 RAYS
2025 Snow Man 1st Stadium Live Snow World
2025 なんで私が神説教
2024 この世界は1ダフル
2024 青島くんはいじわる
2024 with MUSIC
2024 先生さようなら
2023 The Documentary Of I DO ME
2023 ウソ婚
2022 世にも奇妙な物語 '22秋の特別編
2022 オールドルーキー
2022 映画 おそ松さん
2022 Snow Manが豪邸でシェアハウスしてみた
2020 滝沢歌舞伎 Zero 2020 The Movie
2020 それSnow Manにやらせて下さい
2019 簡単なお仕事です。に応募してみた
2019 少年たち
2018 ラスト・ホールド!
2013 劇場版 BAD BOYS J -最後に守るもの-
2013 Bad Boys J
2012 Hot Snow

塩顔のイケメンが魅せる舞台裏の素顔

買い物に付き合うふりをした母の罠。それが渡辺翔太の芸能界への扉を開けた。

中学一年のとき、母親に「買い物に付き合って」とだけ言われて連れて行かれた先は、ジャニーズ事務所のオーディション会場だった。その場をやり過ごすため適当に踊ったダンスが、ジャニー喜多川の目に留まり、500人中3人の合格者に選ばれる。その日のうちに取材を受け、数日後には少年隊主演ミュージカルの舞台に立つという、疾風怒濤のデビューを果たしたのである。

しかし、順風満帆とはいかなかった。早くから先輩の傍らでマイクを持たせてもらいながら、Hey! Say! JUMPのデビューには至らず、初めて将来への不安を覚えた。その不安から、芸能活動と両立させて明海大学に進学。就職活動の時期には「ジャニーズじゃない自分」を何度も想像し、去就に悩んだという。

転機は2015年に訪れた。Snow Manとして念願の主演舞台を勝ち取ったのだ。本番直前の稽古で、彼らの姿を見て「YOUたち最高だよ」と涙を流したジャニー喜多川の姿に、この世界で生きていく覚悟を決めた。その決意は、2020年のCDデビューへと繋がっていく。

デビュー後は、グループのメインボーカルとしての活躍に加え、個々の活動でも急成長を見せる。2023年には歴史ある舞台『DREAM BOYS』で単独初主演を務め、その重圧から一度はオファーを断りながらも、堂本光一の「渡辺がいいんだ」という言葉に背中を押された。2024年には連続ドラマ単独初主演作が記録的大ヒットを記録し、まさに時代の寵児となった。

その影響力は芸能界にとどまらない。美容番長として圧倒的な支持を集め、『美的』の「ベストビューティマン賞」では2025年に3連覇を達成し、殿堂入りを果たしている。さらに、2024年には「時代の顔」に選ばれる『anan AWARD』で大賞を受賞。日本人男性初のトッズのブランドアンバサダー就任など、その活躍の場は国際的に広がり続けているのだ。

母の一言で始まった物語は、今や多くの人の心を掴み、時代そのものを動かす原動力となっている。

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