「中学の同級生が勝手に応募した」その一つの行動が、芸能界とは無縁だった少年の運命を完全に変えた。今やSixTONESの一員として圧倒的な存在感を放つ髙地優吾の原点は、まさにそこにある。5万5千人を前にした初ステージ、そして1300人を超える応募者の中からの鮮烈なデビュー。彼の歩みは、常に「予想外」の連続だったと言えるだろう。
基本プロフィール
| フリガナ | こうち ゆうご |
|---|---|
| 出身地 | 神奈川県横浜市旭区「髙地優吾(SixTONES) 「笑顔のYou Go!」 vol.01」『横浜ウォーカー』2019年8月号、KADOKAWA、16-17ページ |
| 身長 | 175cm |
| 血液型 | A型 |
| 所属事務所 | ジャニーズ事務所(2009年 - 2023年)・SMILE-UP.(2023年 - 2024年)・STARTO ENTERTAINMENT(2024年 - ) |
| ジャンル | アイドル、俳優、歌手、タレント |
同級生のいたずらが生んだ東京ドームデビュー
人生を変えるのは、時に友人の何気ない行動だ。髙地優吾の芸能界入りは、まさにそんな偶然の産物だった。中学の同級生がこっそり応募したオーディション。それが、1300人を超える応募者の中から彼をスクリーンに押し上げ、ジャニーズ事務所への扉を開けた。
2009年5月、東京ドーム。KAT-TUNの公演に研修生として立った彼は、5万5000人の観客を前に「ボックスJr.」という役目を担う。これが髙地優吾という少年の、圧倒的なスケールの世界への初めての足跡となった。そしてそのわずか数日後、彼はNYC boysの一員としてCDデビューを果たし、同年の紅白歌合戦の舞台にまで立つことになる。すべてが疾走感を持って進行していった。
しかし、順風満帆とは限らない。高校時代の骨折で公演を欠席し、初期に所属したユニットの解散を経験する。だが、ここで終わらないのが彼の強さだ。仲間と共に自らコンサートを直談判で実現させ、俳優としても着実にキャリアを積み上げていく。そして2015年、運命的な出会いを重ねた6人と共にSixTONESを結成。その絆が、彼を不動のリーダーへと育て上げていくのである。
直談判で掴んだSixTONESリーダーの座
あの日、東京ドームの5万5千人の観客を前に、彼はただ「ボックスJr.」だった。髙地優吾の芸能界は、同級生のいたずら半分の応募から始まった。それが、1300人を超える応募者の中から『スクール革命!』のレギュラーを勝ち取り、ジャニーズ事務所の扉を開ける奇跡のきっかけとなる。デビュー前から紅白歌合戦に立つという異例のスタートを切りながら、彼の道のりは決して平坦ではなかった。
骨折による活動制限、所属ユニットの解散…。しかし、彼はいつも前を向いた。2012年、ドラマ『私立バカレア高校』への出演は、単なる俳優デビュー以上の意味を持っていた。共演した仲間たちとジャニー喜多川氏に直談判し、コンサートを実現させたのである。この行動力と結束力が、後のSixTONES結成へとつながっていく。グループはあえてリーダーを置かずにきたが、2020年、嵐の大野智の発案で行われた多数決で、他のメンバー全員の支持を集め、初代リーダーに就任した。これが、彼の内に秘めた統率力と仲間からの絶大な信頼の証だった。
俳優としても着実にキャリアを重ね、『ブラックペアン』ではオーディションを勝ち取って心臓病の音大生を好演。地元・横浜愛を詰め込んだ連載「笑顔のYou Go!」では、その人柄の温かさを存分に発揮している。髙地優吾の魅力は、逆境もチャンスに変えるしたたかさと、誰からも愛される誠実な人柄にある。仲間が全員の信頼を託したリーダーとして、彼のこれからがますます楽しみだ。
出演作品
| 公開・放送開始年 | 作品名 |
|---|---|
| 2025 | ムサシノ輪舞曲 |
| 2025 | ゴールデンストーンズ |
| 2025 | ゲームオブストーンズ |
| 2020 | バベル九朔 |
| 2020 | TrackONE -IMPACT- [通常版] / SixTONES |
| 2019 | 少年たち |
| 2018 | 世にも奇妙な物語 ’18秋の特別編 |
| 2016 | 家政夫のミタゾノ |
| 2014 | 影武者 徳川家康 |
| 2012 | 劇場版 私立バカレア高校 |
| 2012 | 私立バカレア高校 |
| 2009 | スクール革命! |
メンバー全員が推したリーダーの素顔
まさかの友人の応募で人生が狂った。高地優吾の芸能界入りは、中学の同級生がこっそりとオーディションに彼の名前を送ったことから始まった。1300人超の応募者を勝ち抜き、2009年5月、KAT-TUNの東京ドーム公演で5万5000人の観客を前に「ボックスJr.」として初ステージを踏む。その緊張と興奮は、今でも彼の原動力になっているに違いない。
デビュー前から数奇な運命をたどる。中山優馬w/B.I.Shadow、NYC boysとしてCDデビューし、紅白歌合戦にも出場するが、高校時代の文化祭での骨折で仕事を制限される苦難も味わう。しかし、ここで彼のしたたかさが光る。2012年、ドラマ『私立バカレア高校』で共演したジャニーズJr.6人で、ジャニー喜多川社長(当時)に直談判し、単独コンサートの開催を実現させたのだ。この行動力が、後のSixTONES結成へとつながっていく。
リーダーという役職をあえて作らなかったSixTONESで、彼が初代リーダーに選ばれた経緯は意外だ。2020年、嵐の大野智の発案によるメンバー間の多数決で、**自分以外の全員**が彼の名を挙げたのである。人柄の良さと信頼の厚さが、このエピソードからはっきりと伝わってくるだろう。
彼の評価は外からも確かなものだ。2020年には「ベストジーニスト」で10位に選出され、そのスタイルと品格が認められている。さらに、2017年の『ジャニーズ大運動会』では、PKでゴールキーパーとして活躍し、選抜リレーの走者としてもチームを勝利に導き、MVPを受賞した。アイドルとしての華やかさの裏に、確かなアスリート魂を宿しているのだ。
地元・横浜への愛着も並々ならぬものがある。2019年からは地元情報誌で「笑顔のYou Go!」という連載を担当し、街の魅力を発信し続けている。芸能界に入る予定などまったくなかった少年が、仲間とファン、そして故郷に支えられて、不動のポジションを築き上げたのである。