あの「さまぁ〜ず」の三村マサカズが、実はかつて「エースくん」と呼ばれた反抗期知らずの優等生だったことをご存知だろうか。中学2年までは常にトップ3、スポーツ万能の将来を嘱望されていた彼が、中3で突然「頭のネジが外れた」と本人が語るほどの急転落を経験する。そのまま芸能界へ飛び込み、不遇の時代を経て、今やバラエティ界を代表する存在となったのである。しかし、その成功の裏には、相方・大竹一樹との確執とも言える深い絆と、数々の苦難が隠されていた。

基本プロフィール

出身地 東京都墨田区
身長 165cm
血液型 A型
所属事務所 ホリプロ

頭のネジが外れたエリート少年

あの毒舌と鋭いツッコミでお茶の間を笑わせる三村マサカズ。しかし、そのキャリアの始まりは、天才が突然「ネジを外した」ような不可解な転落から始まった。

中学時代までスポーツ万能、成績は常にトップ3のエリートだった三村少年。進学校を目指していたが、中学3年の受験期に突如、成績が急降下する。本人曰く「頭のネジが外れたとしか思えない」ほどで、行ける高校がなくなり単願推薦で進学する羽目に。この不可解なスランプが、皮肉にも彼を芸能界へと導く伏線となったのだ。

高校では後に相方となる大竹一樹と出会い、1988年にコンビ結成。翌年から「バカルディ」として本名の三村勝和で活動を始める。ホリプロのライブで早くも期待のホープと騒がれるも、その後は長い低迷期が訪れる。不遇の時代を経て、1997年、30歳目前にしてようやく芸名を「三村マサカズ」に変更。読みづらい本名からの決別は、新たなスタートを切る覚悟の表れだった。

そして運命の2000年、『新ウンナンの気分は上々。』での海砂利水魚との対決で敗北。罰ゲームとしてコンビ名を「さまぁ〜ず」に改名させられる。この一見屈辱的な出来事が、逆に彼らのブレイクへの起爆剤となったのである。不遇と偶然が織りなす数奇な道程が、あの唯一無二の芸風を育んだのだ。

罰ゲームが生んだ「さまぁ〜ず」の奇跡

「さまぁ〜ず」への改名が、実は屈辱の罰ゲームだったことをご存じだろうか。三村マサカズと大竹一樹、このコンビのブレイクの裏には、ある敗北が深く関わっている。

2000年、人気番組『新ウンナンの気分は上々。』での海砂利水魚(現くりぃむしちゅー)との対決で敗れた二人は、コンビ名を「さまぁ〜ず」に変えることを強制された。当時は「バカルディ」として本名で活動していたが、この一見すると屈辱的な出来事が、逆に大きな転機となったのである。それまでとは違う「お茶の間」に受け入れられるキャラクターが、この奇抜な名前と共に開花し始める。

その後、彼らを一気にスターダムに押し上げたのは、バラエティ番組『リンカーン』や『さまぁ〜ずの神ギ問』での活躍だ。特に三村の、一見ぶっきらぼうで時に大人げないが、どこか憎めないツッコミと、体を張った企画への参加は、多くの視聴者の共感を呼んだ。痛風持ちで膝は「ぐっちゃぐちゃ」と言いながらも全力でふざける姿が、中年男性の等身大の魅力として映ったに違いない。

俳優としても、内村光良監督の映画『ピーナッツ』への出演を皮切りに、その個性を発揮。内村が「映画の中で演技が成長していく珍しいタイプ」と評したように、どこか抜けていながらも愛嬌たっぷりの演技は、彼ならではのものだ。読書家で、娘想いの一面も持つ三村マサカズ。ブレイクのきっかけは罰ゲームという意外な事実が、このコンビのしたたかさと人間味を象徴していると言えるだろう。

出演作品

公開・放送開始年 作品名
2023 名アシスト有吉
2023 内さまワールド
2021 キングオブコントの会
2021 これが定番!世代別ベストソング ミュージックジェネレーション
2018 内村&さまぁ〜ずの初出しトークバラエティ 笑いダネ
2015 内村さまぁ〜ず SECOND
2015 内村さまぁ~ずTHEMOVIEエンジェル
2013 さまぁ~ずのご自慢列島ジマング
2013 7つの海を楽しもう!世界さまぁ~リゾート
2010 かずら
2009 IPPONグランプリ
2008 キングオブコント
2008 げりらっパ DVD
2007 まるまるちびまる子ちゃん
2007 モヤモヤさまぁ~ず2
2007 さまぁ~ず×さまぁ~ず
2007 和田アキ子殺人事件
2006 内村さまぁ~ず
2006 ピーナッツ
2005 リンカーン
2004 白黒アンジャッシュ
2004 クイズプレゼンバラエティーQさま!!
2003 ござまれじ

天才アドリブと台本覚えの悪い矛盾

あの毒舌ツッコミの裏に隠された、意外すぎる「優等生」の過去。さまぁ〜ずの三村マサカズは、実は反抗期知らずの手のかからない子ども「エースくん」だった。

中学2年までは常にトップ3の成績優秀者で、スポーツ万能。進学校を狙う優等生が、なぜお笑いの道へ進んだのか。その答えは中学3年時に訪れた、不可解な「頭のネジ外れ」現象にある。周囲が受験勉強に本腰を入れる頃、急に成績が急降下。教師から単願推薦を勧められるほどになり、人生のレールが一変してしまったのだ。

そんな彼が、相方・大竹一樹と共にゴールデン・アロー賞芸能賞を受賞するまでには、数奇な運命が待ち受けていた。デビュー時のコンビ名「バカルディ」から、海砂利水魚(現くりぃむしちゅー)との対決で敗北した罰ゲームとして「さまぁ〜ず」への強制改名。不遇の時代を経ての大ブレイクは、まさに逆境の賜物と言えるだろう。

一方で、天才的なアドリブとは裏腹に、台本のセリフ覚えは悪いという意外な弱点を持つ。内村光良監督は映画『ピーナッツ』での演技を「一本の映画の中で演技が成長していく珍しいタイプ」と評したが、ドラマではカンペ使用が許されるほどだ。

プライベートでは熱烈な読売ジャイアンツファンであり、読書家。娘の結婚式では、生まれた時の体重で作られたテディベアのプレゼントに号泣するなど、テレビでは見せない家族愛に厚い一面も覗かせる。膝は「ぐっちゃぐちゃ」と自称するほど故障し、痛風持ちながらエビフライを平然と食べる矛盾も、彼の魅力の一端なのかもしれない。

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