豚の性行為のレポートから国民的女優への道を歩んだ。泉ピン子のキャリアは、常識破りの出発点から始まったのだ。1975年、『テレビ三面記事 ウィークエンダー』のリポーターに抜擢された彼女は、ゲイバーやストリップなど、当時としては過激な現場を担当し、たちまち「ワーストタレント1位」に選ばれる。しかし、その過激さと話術の面白さが、逆に彼女を女優業へと押し上げる原動力となる。『3ナイ女優』を探していた演出家・鴨下信一の目に留まり、ドラマ『花吹雪はしご一家』への出演が決まった瞬間、彼女の運命は大きく変わったのである。
基本プロフィール
| フリガナ | いずみ ピンこ |
|---|---|
| 生年月日 | 1947年9月11日 |
| 出身地 | 東京都中央区日本橋 |
| 身長 | 154cm |
| 血液型 | B型 |
| ジャンル | 女優 |
豚の性行為レポートで掴んだ反骨のデビュー
芸能界の底辺から這い上がった女優の原点は、キャバレーの呼び込みを一蹴した反骨にあった。泉ピン子、本名・坂井小夜。彼女の血には浪曲師の父・廣澤龍造の芸が流れている。しかし、芸能の道を歩むことを父は頑なに反対したという。その反発心が、彼女を歌謡漫談家としてステージに立たせたのだ。
1966年、牧伸二に師事し三門マリ子としてデビュー。しかし、キャバレー巡りの日々は続いた。ある日、街角でキャバレーのスカウトに声をかけられる。「うちで働かない?」。彼女は即座にこう言い返したという。「はばかりながら、こっちはもっといい商売やってんだよ!」。その気概が、やがて運命を変える。
転機は1975年。日本テレビ『テレビ三面記事 ウィークエンダー』で、彼女の奔放な話術がスポットライトを浴びる。豚の性行為を初レポートに任されるなど、常識破りの道を突き進んだ。芸名を「泉ピン子」に改め、父が言った「ピンからキリまである」という言葉を胸に、頂点を目指し始めるのである。
『おしん』で国民的女優への道を切り拓く
豚の性行為レポートから国民的女優への道――泉ピン子のブレイクは、誰もが予想しなかった形で訪れた。1975年、『テレビ三面記事 ウィークエンダー』でリポーターの穴を埋める「代役」として駆り出された時、彼女はまだ歌謡漫談家・三門マリ子としてキャバレーを渡り歩いていた。しかし、その歯に衣着せぬ話術と、どんな猥雑な現場でも物怖じしない強靭な精神が、テレビというメディアに衝撃を与えたのだ。ワーストタレントに選ばれるほどの過激なレポートが、逆に彼女の存在を一気に知らしめることになる。
その破天荒なキャラクターを買ったのが、演出家・鴨下信一だった。「美人でなく、知的でもなく、金もない“3ナイ女優」を探していた鴨下は、彼女をドラマ『花吹雪はしご一家』に抜擢する。ここから、彼女の「女優」としての第二の人生が幕を開けた。そして1983年、NHK連続テレビ小説『おしん』で苦労を背負った母親役を演じ、一気に国民的な共感を集める。この作品で脚本家・橋田壽賀子の絶大な信頼を得たことが、その後の彼女のキャリアを決定づけたと言えるだろう。
何より彼女の代表作として不動の地位を築いたのが、1990年から始まった『渡る世間は鬼ばかり』の嫁・小島五月役である。長大なセリフを淀みなくこなし、時に弱く、時に芯から強い女性像を30年近くにわたり演じ続けた。この役は、バラエティ番組で見せる毒舌でテンションの高い「元コメディエンヌ」の顔とは真逆の、抑制された演技を要求されるものだった。二つの顔を使い分けることができるのは、キャバレー時代に培ったしたたかさと、女優としての不断の研鑽があってこそだ。
父親から「ピンからキリまであるのだから、ピンの芸人になれ」と名付けられたその芸名は、彼女自身が「ピン」の地位を勝ち取るまでの、波瀾万丈の人生を象徴している。
出演作品
| 公開・放送開始年 | 作品名 |
|---|---|
| 2025 | 花のれん |
| 2024 | オールドカー 〜てんとう虫のプロポーズ〜 |
| 2019 | 砂の器 |
| 2018 | 天才を育てた女房~世界が認めた数学者と妻の愛~ |
| 2018 | 西郷どん |
| 2014 | マッサン |
| 2014 | 警視庁総務部縁結び課 桜井はなの事件ファイル |
| 2014 | お家さん |
| 2014 | 天誅 ~闇の仕置人~ |
| 2013 | おしん |
| 2012 | ドクターX ~外科医・大門未知子~ |
| 2012 | 落としの鬼 刑事 澤千夏 |
| 2012 | 花嫁 |
| 2011 | 居酒屋もへじ |
| 2011 | 警視庁心理捜査官 明日香 |
| 2010 | 人情の女刑事・徳大寺操の浅草事件簿 |
| 2009 | 父よ、あなたはえらかった~1969年のオヤジと僕 |
| 2009 | となりの芝生 |
| 2009 | 黒部の太陽 |
| 2008 | 私は貝になりたい |
| 2007 | ジョシデカ!-女子刑事- |
| 2007 | カンフーくん |
| 2006 | 里見八犬伝 |
| 2005 | ハルとナツ 届かなかった手紙 |
| 2005 | 零のかなたへ |
| 2005 | 名司会者・寿鶴子 殺人スピーチ |
| 2005 | 交通特別捜査係警部補・結城あかね |
| 2004 | 赤い月 |
| 2003 | 動物病院 ドクトル花子の事件簿 |
| 2003 | ブラックジャックによろしく |
歌謡漫談家から旭日小綬章までの豪快半生
彼女の名を知らぬ日本人はいない。だが、その半生は、テレビ画面に映る「おしん」の母や「渡る世間」の嫁のイメージからは想像もつかない、豪快で泥臭いものだった。
芸名「泉ピン子」の由来は、芸人になることに猛反対した父の「ピンからキリまであるのだから、一番のピンになれ」という言葉だという。しかしデビューは、三門マリ子の名でキャバレーを巡る歌謡漫談家。ある日、キャバレーの呼び込みにスカウトされ、「こっちはもっといい商売やってんだよ!」と一蹴したエピソードは、彼女のしたたかさを物語る。転機は1975年、『テレビ三面記事 ウィークエンダー』でのリポーター起用だ。初レポートが「豚の性行為」という、当時としては過激な内容で、たちまち話題をさらった。
そんな下積みを経て、1983年のNHK朝ドラ『おしん』の母親役で女優としての評価を確立。脚本家・橋田壽賀子に見いだされ、『渡る世間は鬼ばかり』では30年近くにわたり国民的な嫁役を演じ続ける。長い台詞を淀みなくこなす演技力は、歌謡漫談で培った話術の賜物だろう。2019年には旭日小綬章を受章し、その地位を不動のものにした。
しかし、ドラマでの大人しい役柄とは裏腹に、バラエティ番組ではお笑い出身の本性を爆発させる。辛辣なトークで場を仕切り、時に先輩芸人との確執が報じられることも。一見矛盾する二つの顔こそが、彼女を唯一無二の存在にしているのだ。