彼女は、わずか27年で燃え尽きた、昭和の伝説的女優だ。クッキーフェイスで国民的アイドルとなり、『西遊記』の三蔵法師で一世を風靡した夏目雅子。その華やかなキャリアの裏側には、57回連続NGという挫折と、自らを変えようとする苛烈なまでの覚悟があった。輸入雑貨店の娘として生まれながら、貿易会社社長令嬢という虚像を背負い、やがて時代を代表するスターへと上り詰める。しかし、その栄光の絶頂は、あまりにも早く訪れた悲劇によって幕を閉じる。彼女の短くも濃密な人生は、今も多くのファンを魅了してやまない。
基本プロフィール
| フリガナ | なつめ まさこ |
|---|---|
| 生年月日 | 1957年12月17日 |
| 出身地 | 東京都渋谷区宮代町(日本赤十字社中央病院) |
| 身長 | 164cm |
| 血液型 | B型 |
| ジャンル | 女優 |
クッキーフェイスと57回のNGの洗礼
彼女の女優人生は、一筋縄ではいかないスタートを切った。17歳の夏目雅子がソフィア・ローレンに衝撃を受け、女優を志したとき、彼女の前に立ちはだかったのは、かつて子役願望を潰した母親だけではなかった。1976年、短大入学直後に掴んだCM出演のチャンスは、学校の厳しい規律と真っ向から衝突し、学業を断念させることになる。芸能界への扉は、すでに高い代償を要求し始めていたのだ。
そしてデビュー作『愛が見えますか…』。盲目のヒロイン役に選ばれながら、その演技は「お嬢さん芸」と酷評され、57回ものNGを連発した。486人の中から選ばれた栄光の瞬間が、すぐに過酷な現実へと変わる。この挫折が、後の彼女を形作る原点となったことは間違いない。芸能界の表層的な華やかさなど、最初から吹き飛んでしまったのだ。
転機は「クッキーフェイス」のCMに訪れる。清純で可憐なイメージが国民的な人気を呼び、彼女は一躍時代の寵児となった。しかし、ここで注目すべきは、彼女自身がCMソングを日本語でカバーし歌手デビューを果たした行動力だ。受け身の美少女などではなく、自ら道を切り開こうとする意志が、この時期からすでに窺える。そしてこのCMを手掛けたディレクター、伊集院静との出会いが、後の彼女の人生に深く関わってくることなど、この時は誰も予想し得なかった。
真のブレイクは1978年、『西遊記』の三蔵法師役に決定した時だ。男性役を女性が演じるという大胆なキャスティングは、当初は疑問の声もあっただろう。だが、彼女が演じる高貴で中性的な三蔵法師は、作品の大ヒットとともに、彼女のイメージを「可愛い子」から「特別な存在」へと一気に昇華させた。バラエティ番組に引っ張りだこになるほどの人気を手中に収めながら、彼女はある決断を下す。「本格的に女優を目指したい」という直訴である。人気タレントとしての安泰な道を捨て、文学座系の事務所へ移籍した選択は、彼女の内に燃える覚悟の証左と言える。華やかなデビューの裏側で、女優・夏目雅子の芯が、静かに、しかし確かに固まっていった瞬間であった。
三蔵法師で掴んだ国民的女優の座
彼女の顔は、まさに「クッキーフェイス」だった。1977年、カネボウ化粧品のキャンペーンガールに抜擢された夏目雅子は、その愛らしい笑顔で一躍時代のアイコンとなる。しかし、彼女が真に求めていたのは、CMの顔ではなく、役の奥底に潜む人間性を描くことだった。その決意が実を結んだのが、1978年に放送された日本テレビ版『西遊記』である。男性役である三蔵法師を演じながら、その清らかで芯の強い佇まいは、性別を超えた高貴な魅力を放った。この役が、彼女を単なる人気タレントから、国民的女優へと押し上げる決定的な一歩となったのである。
『西遊記』の大ヒットは、彼女に女優としての更なる可能性を約束した。だが、彼女は安易な人気商売を選ばなかった。「本格的に女優を目指したい」という直訴により事務所を移籍し、挑戦的な役柄へと歩みを進める。1980年、NHKドラマ『ザ・商社』では大胆なヌードシーンを披露し、お嬢様イメージからの脱却を図った。続く『虹子の冒険』での初主演は、その覚悟の表れに違いない。清純と妖艶、可憐と強靭――相反する要素を併せ持ち、それを自然に演じきる稀有な表現力。それが夏目雅子の真骨頂だった。
出演作品
| 公開・放送開始年 | 作品名 |
|---|---|
| 1984 | 北の螢 |
| 1984 | 瀬戸内少年野球団 |
| 1983 | 魚影の群れ |
| 1983 | 南極物語 |
| 1983 | 妻は告白する |
| 1983 | 小説吉田学校 |
| 1983 | 時代屋の女房 |
| 1982 | FUTURE WAR 198X年 |
| 1982 | 丹下左膳 剣風!百万両の壺 |
| 1982 | 大日本帝国 |
| 1982 | 鬼龍院花子の生涯 |
| 1982 | 陽のあたる場所 |
| 1981 | 魔性の夏 四谷怪談より |
| 1980 | ザ・商社 |
| 1980 | 二百三高地 |
| 1978 | 西遊記 |
| 1977 | トラック野郎 男一匹桃次郎 |
父の死と『ザ・商社』の覚悟
彼女は「お嬢さん芸」と酷評された、たった一度のNG57回の女優だった。
1976年、日本テレビのオーディションで盲目のヒロイン役に選ばれた夏目雅子。しかし現場での演技は散々で、監督からは「お嬢さん芸」と切り捨てられる。だが、この挫折が彼女を変えた。本気で女優を目指すと決意し、其田事務所へ移籍するのである。
転機は1978年、『西遊記』の三蔵法師役だった。男性役を清らかで中性的に演じきり、一躍国民的スターとなる。しかし彼女はタレントとしての人気に安住しなかった。「本格的な女優になりたい」という思いは強く、ヌードも厭わない役柄に次々と挑戦していく。
その裏側には、壮絶な家族の事情があった。1979年、父がスキルス性胃癌で倒れる。医師の制止を振り切り、手術の一部始終を見守ったという。父は翌年他界。この経験が、彼女の演技に深みと切なさを加えたのかもしれない。
1980年、『虹子の冒険』で連続ドラマ初主演を果たす。さらにNHKドラマ『ザ・商社』ではヌードシーンを披露し、女優としての覚悟を示した。同じ年、『東芝日曜劇場「露玉の首飾り」』は日本民間放送連盟賞優秀賞を受賞。着実に実績を積み上げていく。
クッキーフェイスのCMで歌手デビューも果たした彼女は、FM東京のDJも務めるなど、マルチな才能を発揮。周囲のスタッフが「常識人」と口を揃える人柄の良さも、彼女を際立たせた。
輸入雑貨店の娘という実家の出自を「貿易会社社長の娘」とプロフィールが書き換えられたことも、芸能界の虚構を感じさせるエピソードだ。しかし彼女自身は、そんな虚構よりも、等身大の役者として生きる道を選んだ。
華やかなイメージとは裏腹に、彼女の歩みは決して順風満帆ではなかった。挫折と決断、家族との別れ、そして女優としての誇り。そのすべてが、27年という短い生涯に凝縮されていたのである。