浜田雅功が松本人志と出会ったのは、喧嘩がきっかけだった。中学時代、松本の相方だった伊東と浜田が揉め事を起こす。その喧嘩が終わった後、浜田が松本に「まっつん、もう行こうや」と声をかけた一言が、すべての始まりである。あの時、松本が浜田ではなく伊東についていれば、日本のお笑い史は全く違うものになっていたに違いない。ダウンタウンという伝説は、この一瞬の選択から生まれたのだ。
基本プロフィール
| 出身地 | 大阪府大阪市浪速区(出生地)・兵庫県尼崎市(出身地) |
|---|---|
| 身長 | 165cm |
| 血液型 | A型 |
| 所属事務所 | 吉本興業 |
喧嘩の後の「まっつん、もう行こうや」
あの喧嘩がなければ、ダウンタウンは生まれなかった。中学二年、松本人志の相方だった伊東と浜田雅功が取っ組み合いの喧嘩を始める。決着がついた後、浜田が松本に放った一言。「まっつん、もう行こうや」。理由もわからぬまま、松本は浜田の後を追った。この選択が、すべての始まりだった。
尼崎の不良少年は、非行の果てに全寮制の高校へ送られる。松本には進学先を黙り通し、約束も霧散しかけていた。競艇選手の夢すら潰え、将来に翳りが見えたその時、一枚のチラシが人生を照らす。吉本の芸人養成所、NSCの広告だ。迷わず松本を誘った。かつての約束が、ここで息を吹き返す。
「松本・浜田」から「ダウンタウン」へ。コンビ名が定まるまでには紆余曲折があった。しかし、二人の化学反応は最初から尋常ではなかった。関西ローカルの深夜番組『4時ですよーだ』で炸裂したその才能は、やがて全国を席巻する原動力となる。あの喧嘩の後の一言が、日本のお笑い史を塗り替えるコンビを誕生させたのだ。
『4時ですよーだ』とハマダースタイル
あの喧嘩がなければ、ダウンタウンは生まれなかった。中学時代、相方・松本人志の元相方との取っ組み合いの後、浜田雅功が放った「まっつん、もう行こうや」の一言。松本が浜田の後を追ったその瞬間が、伝説の始まりである。
非行から強制的に送り込まれた全寮制高校を経て、一時は競艇選手を目指した浜田。しかし、たまたま手にしたNSCの広告が運命を変える。松本を誘い、1期生として入学。コンビ名を幾度も変える中で磨かれたのは、浜田の鋭いツッコミと、松本のボケを爆発させる絶妙な間だった。彼らの真価が一気に開花したのは、深夜番組『4時ですよーだ』である。関西の空気を震わせたその毒とスピードは、たちまち伝説となった。
東京進出後、『ダウンタウンのごっつええ感じ』や『HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP』で全国区のスターとなるが、浜田の魅力はコントや司会だけに留まらない。1995年、H Jungle with tとしてリリースした『WOW WAR TONIGHT』は社会現象級の大ヒットを記録。スカジャンにヴィンテージジーンズという「ハマダー」スタイルは、若者のファッションを席巻した。あの無骨な大阪弁で歌い上げる姿に、新たなカリスマが誕生した瞬間である。
役者としても『パパとなっちゃん』や『人生は上々だ』などで主演を務め、多様な顔を見せてきた。ツッコミに徹しながらも、時に鋭く、時に憎めないキャラクターを演じ分けるその器用さは、松本という天才と渡り合うために培われた強さなのかもしれない。ダウンタウンの歴史は、浜田雅功という男の、したたかで華麗な生き様そのものなのである。
出演作品
| 公開・放送開始年 | 作品名 |
|---|---|
| 2025 | 浜田雅功と黒い線 |
| 2025 | ハマダ歌謡祭! |
| 2023 | Japan's Got Talent |
| 2022 | ワレワレハワラワレタイ |
| 2022 | ダウンタウン vs Z世代 |
| 2020 | お笑いの日 |
| 2017 | 戦闘車 |
| 2015 | Downtown Now |
| 2014 | 水曜日のダウンタウン |
| 2014 | ドリーム東西ネタ合戦 |
| 2012 | プレバト |
| 2011 | Oh!どや顔サミット |
| 2009 | 爆笑 大日本アカン警察 |
| 2009 | イチハチ |
| 2008 | キングオブコント |
| 2008 | 浜ちゃんが! |
| 2006 | Happy! |
| 2005 | リンカーン |
| 2004 | オオカミ少年 |
| 2003 | 絶対に笑ってはいけない |
| 2003 | 笑ってはいけないシリーズ |
| 2001 | 明日があるさ THE MOVIE |
| 2001 | 明日があるさ |
| 2000 | フレンズ |
| 2000 | 伝説の教師 |
| 2000 | ジャンクSPORTS |
| 2000 | スペーストラベラーズ |
| 2000 | ポケットモンスター ヤドキングのいちにち |
| 1999 | 劇場版ポケットモンスター 幻のポケモン ルギア爆誕 |
| 1999 | 芸能人格付けチェック |
ノコギリ事件から『WOW WAR TONIGHT』まで
あの喧嘩がなければ、ダウンタウンは生まれなかった。中学時代、相方・松本人志の当時のコンビ相手との取っ組み合い。その決着後、浜田雅功が放った「まっつん、もう行こうや」の一言が、すべての始まりだった。松本自身が「あの時、伊東についていったらダウンタウン結成はなかった」と語る、運命の分岐点である。
彼の半生は、破天荒な逸話に満ちている。友人の家が留守だったからと、ドアをノコギリで切り壊して侵入した中学時代の悪戯。そのツケは大きく、全寮制のスパルタ校への進学を強制されることになる。そのことを松本には最後まで口にせず、高校時代は一時、競艇選手を目指すなど、コンビとしての未来はまったく見えていなかった。NSC入学は、たまたま手にしたパンフレットがきっかけだったというから、人生の機微とは不思議なものだ。
『4時ですよーだ』で関西を沸かせ、『夢で逢えたら』で全国進出を果たす。その活躍はお笑いの枠に収まらない。1995年にH Jungle with tとしてリリースした『WOW WAR TONIGHT』は200万枚を超えるミリオンセラーを記録。さらに、スカジャンにヴィンテージジーンズというスタイルは「ハマダー」と呼ばれ、一世を風靡した。彼は紛れもない、時代のカリスマだったのである。
そんな浜田の、意外な側面がある。高いところが大の苦手だということだ。塗装職人だった父親とは対照的に、自ら「めっちゃ怖いねん」と公言する。また、かつての非行少年とは思えぬほど、高校時代は寮の副学寮長を務めるなど、責任ある立場にも就いていた。多面的な魅力が、彼を唯一無二の存在にしている理由だろう。
数々のバラエティーをけん引し、今なおトップに立ち続けるダウンタウンのツッコミ。その原動力は、あの日、喧嘩の後に松本を連れ出した、少年の一貫した「覚悟」に違いない。