かつての“番長”が、今やバラエティ界を代表する知性派司会者へ。くりぃむしちゅーの上田晋也は、相方・有田哲平との出会いからして、どこか運命的なものを感じさせる。高校ラグビー部で知り合った二人は、プロレス談義に花を咲かせ、お笑いへの夢を共有した。当時、上田は「将来はプロレスの記者かお笑いをやる」と宣言し、有田を驚かせたという。その言葉通り、彼はお笑いの道へと進む。しかし、その歩みは決して平坦なものではなかった。デビュー後は、自ら「一度も笑ったことがない」というコントの付き人として下積みを重ねる日々。その経験が、後に「うんちく王」としてブレイクするための、深い教養と鋭いツッコミの土台を作り上げたのだ。改名を機にバラエティの世界で頭角を現し、いとうせいこうに見出されたことで、その真価が一気に開花する。知性と毒を併せ持つ司会者として、数々の名番組を支えてきた彼の半生は、まさに「経験」そのものと言えるだろう。
基本プロフィール
| 出身地 | 熊本県熊本市南区南高江 |
|---|---|
| 身長 | 172cm |
| 血液型 | O型 |
| 所属事務所 | プライム・→ナチュラルエイト・→チャッターボックス |
熊本の番長と有田哲平の運命的出会い
熊本の番長が、相方との出会いでお笑いの道を歩み始めた。高校のラグビー部で出会った有田哲平は、当時、上田晋也の後ろをついて回るような存在だったという。その上田が突然、「将来はプロレスの記者かお笑いをやる」と宣言した時、有田は驚きを隠せなかったに違いない。
高校卒業後、お笑い芸人を志した上田は、事務所に履歴書を送る前夜、偶然にも友人宅で有田と再会する。まるで運命が二人を結びつけたかのようだ。その場で意気投合し、二人は「海砂利水魚」というコンビ名でデビューへの一歩を踏み出した。
しかし、順風満帆とはいかなかった。彼らは「コント山口君と竹田君」の付き人として芸能活動を開始するが、上田本人によれば、そのネタを見て一度も笑ったことがないという。苦渋の日々を過ごしながらも、ライブ経験を積み重ね、やがてコンビ名を「くりぃむしちゅー」に改名。ここから、彼らの運命は大きく動き始めることになる。
うんちく王が開いた新境地
「うんちく王」の異名が、彼の運命を変えた。くりぃむしちゅー・上田晋也のブレイクは、深夜番組『虎の門』内の「うんちく王決定戦」に端を発する。あの番組で、彼は単なるお笑い芸人を超えた「知性と笑いの融合体」としての才能を爆発させたのだ。博覧強記の知識を軽妙な語り口で披露する姿は、従来のツッコミ役の枠を完全に打ち破るものだった。
その後の活躍は枚挙に暇がない。『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン』ではリスナーをくすぐる絶妙なトークで深夜のラジオ界を席巻し、『シルシルミシル』では視聴者の「知りたい」を巧みに引き出す司会者としての地位を確立した。さらには『天才バカボン』実写版でバカボンのパパ役を演じ、そのコミカルでありながらどこか哀愁を帯びた演技力で、俳優としての新たな可能性をも示してみせた。
彼の真骨頂は、何と言っても「引き出す」技術にある。バラエティに不慣れなゲストからも自然と本音を引き出し、時に鋭く、時に温かいツッコミで番組に深みを与える。かつての「学校の番長」という経歴からは想像もつかない、知性的で包容力のあるキャラクターが、今や日本のテレビ界に欠かせない存在となっているのだ。
出演作品
| 公開・放送開始年 | 作品名 |
|---|---|
| 2026 | ナゾトレMAXXX |
| 2025 | 『なつ&さおりー 来たよ。来たね。10周年。〜うちらの足跡〜』 |
| 2021 | くりぃむナンタラ |
| 2018 | 天才バカボン3~愛と青春のバカ田大学 |
| 2017 | 天才バカボン2 |
| 2016 | 今夜はナゾトレ |
| 2016 | 天才バカボン〜家族の絆 |
| 2015 | 太田上田 |
| 2015 | 日本人の3割しか知らないこと |
| 2012 | くりぃむクイズ ミラクル9 |
| 2008 | しゃべくり007 |
| 2007 | 和田アキ子殺人事件 |
| 2006 | 上田ちゃんネル |
| 2005 | 零のかなたへ |
| 2005 | 日本のこわい夜 特別篇 本当にあった史上最恐ベスト10 |
| 2005 | おしゃれイズム |
| 2004 | 世界一受けたい授業 |
| 2004 | パローレ |
| 1992 | 夏至物語 |
番長から仲間由紀恵ファンまでの素顔
あの知的で歯に衣着せぬトークの裏に、意外な素顔が隠されていた。くりぃむしちゅーの上田晋也は、実は高校時代「番長」だったというのだ。
相方・有田哲平との出会いは熊本のラグビー部。当時、有田は上田に付いていくような存在で、上田は「将来はプロレスの記者かお笑いをやる」と宣言して友人を驚かせた。その言葉通り、二人はコンビ「海砂利水魚」を結成。デビュー当初はボケ担当だったが、現在のツッコミに転向したのは、彼の鋭い観察眼と話術が生かされる必然だったのかもしれない。
2004年に一般人女性と結婚し、二児の父となった上田だが、芸能界きっての仲間由紀恵ファンとしても知られる。彼女の舞台を最前列で観劇した際、「好きな人が目の前にいるのに、なぜ抱きしめられないんだ!」と苦悩したというエピソードは、熱烈な一面を覗かせる。
一方で、地元熊本では兄の啓介氏の方が人気だと冗談交じりに語る。兄はローカルタレントとして活動し、全国番組への出演を熱望する「日本一性質の悪い素人」だとからかうが、そのバラエティ豊かな家族関係が、上田の人間味を深めていると言えるだろう。
2006年には声帯ポリープの手術を乗り越え、2016年には『天才バカボン』実写版でバカボンのパパ役を演じ、テレビドラマ初主演を果たす。司会者としても第30回日本アカデミー賞授賞式のスタジオMCを務めるなど、その活躍の場は多岐にわたる。
映画『ダイ・ハード』や『ターミネーター』を愛する映画通であり、時に披露する「ぺろ〜ん!」のギャグとは対照的な、深い教養が彼の芸風の根底を支えている。学校の番長から、日本を代表する司会者へ。上田晋也の歩みは、常識を軽やかに飛び越える驚きに満ちている。