優香  デビュー時「芸名公募」で「パンサー舞」になりかけた過去
優香 | ホリプロオフィシャルサイト

 NHK木曜時代劇「ちかえもん」で共演した俳優・青木崇高と2016年6月に結婚した優香。2020年4月に第一子を出産した彼女は産休を経て同年11月に活動復帰を果たした。

1997年に「池袋PARCO別館 P’PARCO」前でスカウト

 そんな彼女の芸能界デビューのきっかけとなったのは1997年3月に「池袋PARCO別館 P’PARCO」前でスカウトされたこと。

 アイドルユニット「HiP」の二代目リーダーを務めた優香は「マツモトキヨシ」「ジョージア」のテレビCMで一気にブレイク。グラビアを卒業してからもタレント、女優としてスターの階段を登っていった。

デビュー時に「最大のピンチ」

 順風満帆に思える優香の芸能人生だが、デビュー時に「最大のピンチ」が訪れていた――

「彼女の結婚前の本名は岡部広子。デビュー時に『週刊プレイボーイ』やインターネットで芸名公募の一大キャンペーンが行われ、17000以上の応募のなかから『優香』に決まったんです」(芸能記者)

「優香」の名付け親となった男性応募者に「一日デート権」が与えられた彼女の「芸名公募」について同記者が続ける。

「芸名が『パンサー舞』になりかけた」

「最終候補に残ったのは『優香』と『優奈』だったのですが、いま思えば『この名前にならなくてよかった』という名前も有力候補に挙がっていたんです」。

 その名前とは。

「『パンサー舞』です。女豹のようなイメージを押し出そうとしていたそうですが、仮に『パンサー舞』でデビューしていたら現在の成功はなかったかもしれません」(同記者)

 彼女も胸をなでおろしたに違いない。

(中村シュン)

Googleニュースで配信中
GEINOUはGoogleニュースに記事を配信しています。フォローしていただくと、ブラウザ版、アプリ版のGoogleニュースから記事がご覧いただけます。