あの“バナナマン”の日村勇紀が、深夜のラジオで突然、結婚を発表した。相手は元NHKの美人アナウンサー、神田愛花。誰もが驚いたこの結婚劇の裏には、かつて相方に裏切られ、一人部屋で号泣した男の、信じられないほどの執念と忍耐があった。
基本プロフィール
| 出身地 | 神奈川県相模原市中央区 |
|---|---|
| 身長 | 172cm |
| 血液型 | O型 |
| 所属事務所 | ホリプロコム |
号泣の夜から始まった運命の出会い
「1人では芸人はできない」。高校時代の相方から突然の解散を告げられた日村勇紀は、自室で声をあげて泣いた。その号泣は両親を驚かせたが、彼らは「そこまで好きなら頑張りなさい」と背中を押した。芸能界への扉を開いたのは、高校時代に参加した渡辺正行主催のライブだった。しかし、コンビ「陸上部」の解散は、彼に大きな挫折をもたらした。
その後は細々と俳優や声優の仕事を続ける日々。再現ドラマや映画の端役で食いつなぐ中で、彼の転機は1993年に訪れる。四人組の誘いで集まった席で、一人の男と出会った。設楽統である。初対面の夜、日村は設楽の家に泊まり、電気をつけたまま「俺たち、これからすごいことになる」と宣言した。その直感は正しかった。二人はすぐにコンビを組み、「バナナマン」が誕生する。高校時代の涙からわずか数年、新たな相方との運命的な出会いが、彼を真の笑いの道へと導いたのだ。
ブサイクを武器に頂点へ駆け上がる
「ブサイク」を武器に、お笑い界の頂点に立った男がいる。バナナマンの日村勇紀だ。彼のブレイクのきっかけは、相方・設楽統との出会いと、その「容姿」を逆手に取った戦略にあった。
かつて「陸上部」というコンビで活動していた日村は、相方の突然の引退で絶望の淵に立たされた。一人では芸人はできないと号泣した夜から、彼を救ったのは、西秋元喜の誘いで出会った設楽だった。出会ったその夜、日村は「俺たち、これからすごいことになる」と宣言する。この確信が、後の飛躍の原動力となる。
ブレイクの契機となったのは、2000年代後半から顕著になった「ブサイク芸人」としてのキャラクター確立だ。たるんだ顎や突き出た腹をネタにし、それを設楽が容赦なくツッコむスタイルは、従来のお笑いにはない新鮮さを放った。特に『バナナマンの決断は金曜日!』(TBSラジオ)や『バナナマンのバナナムーンGOLD』(TBSラジオ)などのラジオで磨かれた「ダメ男」キャラは、リスナーに親近感を与え、人気に火がつく。
代表作といえば、やはり『水曜日のダウンタウン』(TBS系)での活躍だろう。番組内で行われる過酷な検証企画に、自らの体を張って挑む姿は、もはや「芸」の域を超えている。彼の「ブサイク」でありながらどこか憎めないキャラクターと、どんな企画も真摯に受け止める姿勢が、視聴者の心を鷲掴みにしたのだ。
彼の魅力は、自虐を笑いへ昇華させる強さと、どんなに売れても変わらない人間味にある。かつて号泣した青年が、今や「ブサイク」の代名詞として、お笑い界に確固たる地位を築いたのである。
出演作品
| 公開・放送開始年 | 作品名 |
|---|---|
| 2025 | サクサクヒムヒム |
| 2025 | 全国ボロいい宿 |
| 2024 | 大晦日オールスター体育祭 |
| 2024 | ベストフレンドハウス |
| 2024 | 超こどもの日 2100年まで生きる君へ |
| 2023 | 宇宙人のあいつ |
| 2021 | ひむバス! |
| 2021 | バナナマン日村が歩く!ウォーキングのひむ太郎 |
| 2021 | おしょうバズTV |
| 2020 | FNSドラマ対抗 お宝映像アワード |
| 2020 | バナナサンド |
| 2020 | エール |
| 2020 | bananaman live |
| 2017 | 住住 |
| 2016 | HITOSHI MATSUMOTO Presents ドキュメンタル |
| 2015 | 沸騰ワード10 |
| 2015 | バナナマンのせっかくグルメ!! |
| 2015 | 乃木坂工事中 |
| 2015 | そんなバカなマン |
| 2014 | 新選組オブ・ザ・デッド |
| 2014 | オトナ養成所 バナナスクール |
| 2013 | ゴッドタン キス我慢選手権 THE MOVIE |
| 2012 | イロドリヒムラ |
| 2012 | YOUは何しに日本へ? |
| 2011 | bananaman live emerald music |
| 2011 | 乃木坂って、どこ? |
| 2011 | 地球征服アパート物語 |
| 2010 | bananaman live DIAMOND SNAP |
| 2010 | フラレラ |
| 2009 | IPPONグランプリ |
マッシュルームカットの男の意外な素顔
あの突き出た顎と腹、そしてマッシュルームカット。バナナマンの日村勇紀といえば、誰もが認める「ブサイク芸人」の代名詞だ。しかし、そのキャラクターを確立するまでの道のりは、決して平坦なものではなかった。
高校時代、同級生と結成した「陸上部」でお笑いの道を歩み始める。しかし、相方の突然の引退宣言に、自宅で号泣したというエピソードは、彼の芸人としての覚悟の深さを物語る。一方的な解散通告に平然を装いながら、家に帰って「一人では芸人はできない」と泣き崩れる姿は、当時の不安と情熱を如実に示している。両親の「そこまで好きなら頑張りなさい」という言葉が、その後の彼を支えたに違いない。
その後、細々と活動を続ける中で出会ったのが、現在の相方・設楽統である。出会ったその日、設楽の家に泊まり、「俺たち、これからすごいことになる」と宣言したという逸話は、後の大ブレイクを予感させるエピソードだ。2008年大晦日から正月にかけては、19番組という最多出演数を記録。バラエティ界における不動の地位を築き上げた。
意外なのは、その多才な一面だ。ビリヤードや相撲が趣味なのは知られているが、アコースティックギターやピアノの演奏、さらにはタップダンスまでこなす。特にタップダンスはバラエティ番組で度々披露され、あの体型からは想像できない軽やかな足さばきに視聴者を驚かせる。また、2019年には中型バスの免許を取得したことも公表しており、常に新たな挑戦を続ける姿勢が窺える。
私生活では、元NHKアナウンサーの神田愛花との結婚が大きな話題となった。神田が日村を「ソール」と呼ぶという、どこかほのぼのとしたエピソードも、彼の人間味を感じさせる。愛称「ヒムケン」の由来も、最初の相方に由来するなど、彼の人間関係の深さを感じさせる。
「19歳のお盆を境に変になった」という自らの容姿の変化を、見事に武器に変えた日村。その裏には、挫折と再生、そして飽くなき挑戦の歴史が刻まれている。