「セーラー服と機関銃」で一世を風靡したあの少女は、今や日本映画界を支える不動の存在となった。中学一年で高倉健と共演し、角川映画の黄金時代を彩った薬師丸ひろ子。その歩みは、単なるアイドルスターの物語をはるかに超えている。数々のヒット作と主題歌で時代を駆け抜け、結婚を機に一度は表舞台から遠ざかった彼女が、再び脚光を浴びるまでの軌跡には、女優として、歌手としての並々ならぬ覚悟が刻まれている。

基本プロフィール

フリガナ やくしまる ひろこ
生年月日 1964年6月9日
出身地 東京都渋谷区広尾
身長 154.5cm
血液型 A型
ジャンル 女優・歌手

生い立ち・デビューまでの経緯

運命は、一枚の写真から動き始めた。中学一年生の薬師丸ひろ子は、内緒で応募されたオーディションに、半ば諦めの気持ちで臨んだという。『野性の証明』の長井頼子役。求められていたのは10歳の少女で、13歳の彼女は身長も高く、演技の経験もゼロだった。落選は確実と思われた。

しかし、審査員の角川春樹は彼女の「目」に強く惹かれた。将来性を感じ取った角川の強力な推しもあり、見事オーディションを勝ち抜く。ピンク・レディーを歌えという無理なリクエストをきっぱり断る気の強さも、逆に角川の心を捉えたに違いない。こうして、彼女は高倉健と共演する大ヒット映画でデビューを果たすことになる。

だが、本人の内心は複雑だった。女優になるつもりなど全くなかった薬師丸は、引退さえ考えていた。しかし事務所は次々と仕事を入れ、彼女の選択肢を奪っていく。資生堂の芸術的なロングCMへの起用は、彼女の持つ独特の透明感を世に知らしめた。芸能界から降りることを許さない流れに、彼女は否応なく乗せられていく。この無理矢理なデビューとその後の展開が、やがて日本を代表する女優・歌手への長い道のりの、予想だにしない始まりだったのだ。

ブレイクのきっかけ・代表作

あの衝撃的なデビューは、本人の意思とは無関係に訪れた。中学一年生の時、偶然撮られた写真が『野性の証明』のオーディションに応募され、13歳で10歳役を演じることになる。身長も条件も合わず、演技経験もなかったが、審査員の角川春樹は彼女の「目」と、ピンク・レディーを歌えという要求をきっぱり断る「気の強さ」に将来性を見出したのだ。こうして高倉健と共演するという、誰もがうらやむ形での映画界入りとなった。

しかし、彼女自身は女優になるつもりなど毛頭なかった。引退さえ考えていたが、角川事務所は次々と仕事を入れ、その選択肢を奪う。そんな半ば強引なスタートから、彼女はある役を境に一気にスターの座へと駆け上がる。1981年、相米慎二監督による『セーラー服と機関銃』での主演だ。不良たちを従え、機関銃を抱える女子高生組長・星泉を演じ、主題歌も自ら歌った。この作品が社会現象となるや、薬師丸ひろ子は「角川お嬢様」の枠を超え、時代そのものを象徴するアイコンとなったのである。

その後も『探偵物語』『Wの悲劇』と主演作が連続ヒットし、彼女が歌う主題歌は必ずチャートを賑わせた。特に『Wの悲劇』では、ブルーリボン賞主演女優賞を受賞し、美貌だけではない演技力をも証明してみせた。歌手としても「あなたを・もっと・知りたくて」など数々のヒットを生み、二刀流の才能を存分に開花させていく。

デビュー時は気乗りしなかった芸能界だったが、いったん火がつけば、その輝きは40年以上衰えることを知らない。少女から女性へ、そして円熟した女優へ。薬師丸ひろ子の歩みは、本人の意思を超えた運命の力と、それに応え続けた確かな実力の物語なのである。

出演作品

公開・放送開始年 作品名
2024 ラストマイル
2024 ブルーピリオド
2023 だが、情熱はある
2023 薬師丸ひろ子 40th Anniversary Tour 2022 ~アナタノコトバ~
2022 拾われた男
2022 Live at GLORIA CHAPEL 2021
2022 とんび
2021 川っぺりムコリッタ
2021 最愛
2020 エール
2019 ブラック校則
2019 絆のペダル
2018 コーヒーが冷めないうちに
2018 アンナチュラル
2017 8年越しの花嫁 奇跡の実話
2017 DESTINY 鎌倉ものがたり
2017 富士ファミリー 2017
2016 百合子さんの絵本~陸軍武官小野寺夫婦の戦争~
2016 富士ファミリー
2016 富士ファミリー
2015 赤めだか
2015 ど根性ガエル
2015 シンドバッド ~空とぶ姫と秘密の島~
2014 おやじの背中
2013 こうのとりのゆりかご〜「赤ちゃんポスト」の6年間と救われた92の命の未来〜
2013 あまちゃん
2013 泣くな、はらちゃん
2012 車イスで僕は空を飛ぶ
2012 ALWAYS 三丁目の夕日 '64
2011 全開ガール

人物エピソード・逸話

彼女は、そもそも女優になりたくなかった。中学一年生の時、たまたま撮られた写真が『野性の証明』のオーディションに応募され、本人は「絶対に落ちる」と確信していた。身長も年齢も条件から外れ、演技経験もゼロ。それでも審査員の角川春樹がその「目」と、ピンク・レディーを歌えという無理なリクエストをきっぱり断る気強さに将来を見出したのだ。こうして、本人の意思とは裏腹に、映画史に残るスターの道が始まったのである。

デビュー作が大ヒットし、アイドル女優の頂点に立った彼女は、20歳で『Wの悲劇』の難役を見事に演じ切り、ブルーリボン賞主演女優賞を受賞する。しかし、華やかな星の道に疑問を抱き、1985年には角川春樹事務所からの独立を決断。フリーランスという、当時としては珍しい道を選んだ。その後、結婚を機に一時活動を縮小するが、再びスクリーンに戻ると、『ALWAYS 三丁目の夕日』での温かい母親役で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を獲得。かつての清純派アイドルから、深みのある演技派女優へと完全に脱皮を果たしたのだ。

歌手としても「セーラー服と機関銃」で鮮烈なデビューを飾り、数々のヒット曲を生み出してきた。2014年には念願の『紅白歌合戦』初出場を果たし、女優業と並行して音楽活動を続ける姿勢は、多くのファンを驚かせたに違いない。2024年には、その長年にわたる映画界への貢献が評価され、第78回毎日映画コンクールで田中絹代賞を受賞。オーディションに消極的だった少女は、日本を代表するベテラン女優として、今も進化を続けている。

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