「山P」の愛称で知られる彼が、ついにジャニーズの壁を越えた。2020年、35歳で独立を決断した山下智久は、世界を舞台に新たな挑戦を始めたのだ。11歳で憧れの滝沢秀明を追ってジャニーズ事務所の門を叩き、骨折を押してまでレッスンに参加した根性は、今も変わらない。かつて「修二と彰」で社会現象を巻き起こし、ソロでも圧倒的な存在感を見せつけてきた男の、次の一手に注目が集まる。

基本プロフィール

フリガナ やました ともひさ
生年月日 1985年4月9日
出身地 千葉県船橋市
身長 175cm
血液型 A型
所属事務所 ジャニーズ事務所 (1996年 - 2020年)・HIGH HOPE ENTERTAINMENT
ジャンル 歌手・俳優・タレント

生い立ち・デビューまでの経緯

骨折した足を引きずりながらも、彼はステージに立った。たった一度のチャンスを掴むためなら、どんな痛みも厭わない。11歳でジャニーズ事務所の門を叩いた山下智久の、苛烈な青春の始まりである。

滝沢秀明に憧れた少年は、合格の通知すら曖昧なままレッスンに通い続けた。初めての番組収録当日、学校で骨折するというアクシデントに見舞われる。手術を勧められても、痛み止めとギプスで強行出演。その執念が「根性あるな」という評価を生み、彼の運命を変えたのだ。

ジャニーズJr.としてKinKi KidsやV6のバックダンサーを務め、滝沢から“後継者”と目されるまでに成長。Four Topsとして人気を博し、デビュー前から数々のドラマで主演を任される存在へと駆け上がる。その圧倒的なキャリア形成は、まさに“黄金期”を体現するものだった。

そして2003年、ついにNEWSとしてCDデビューを果たす。グループのリーダーとして、そしてセンターとして、彼は新たなステージへと歩み出したのである。

ブレイクのきっかけ・代表作

あの「青春アミーゴ」の爆発的ヒットが、すべてを変えた。2005年、ドラマ『野ブタ。をプロデュース』で共演した亀梨和也との期間限定ユニット「修二と彰」は、まさに社会現象を巻き起こした。しかし、山下智久の真のブレイクは、その後の「一人」の歩みにこそあった。

翌2006年、連ドラ単独初主演を務めた『クロサギ』で、彼はアイドルの枠を軽々と飛び越えてみせた。詐欺師を演じる複雑な役柄を、清潔感と危うさを併せ持つ独特の存在感で見事に消化。主題歌「抱いてセニョリータ」でのソロデビューも大ヒットを記録し、まさに俳優とアーティストの二刀流を確立した瞬間だった。

そして、彼のキャリアを決定づけたのが『プロポーズ大作戦』である。2007年の月9初主演で、過去に戻って恋を取り戻そうとする青年を演じ、多くの視聴者の胸を打った。この作品で、彼は「憧れの先輩」から「共感できる同世代の象徴」へと、そのイメージを昇華させたのだ。以降、『コード・ブルー』シリーズで冷静な医師を演じるなど、月9主演を計5回も務めることになる。

山下智久の魅力は、完璧なアイドル像を追求しながらも、常にその殻を破ろうとする野心にある。NEWS脱退後、自ら海外へと活路を見出し、グローバルな活動を展開する姿は、かつての「山P」のイメージを大きく更新し続けている。

出演作品

公開・放送開始年 作品名
2026 映画『正直不動産』
2024 TOMOHISA YAMASHITA LIVE TOUR 2023「Sweet Vision」
2024 ブルーモーメント
2023 SEE HEAR LOVE 見えなくても聞こえなくても愛してる
2023 神の雫/Drops of God
2022 マン・フロム・トロント
2022 TOKYO VICE
2022 正直不動産
2020 今際の国のアリス
2020 The Head
2019 TOMOHISA YAMASHITA LIVE TOUR 2018 UNLEASHED -FEEL THE LOVE-
2019 インハンド
2018 サイバー・ミッション
2018 劇場版 コード・ブルー-ドクターヘリ緊急救命-
2017 ボク、運命の人です。
2016 テラフォーマーズ
2015 5→9~私に恋したお坊さん~
2015 なぜ家族は消されたのか? 心を操る恐怖のサイコパス~成海朔の挑戦II~
2015 アルジャーノンに花束を
2014 近キョリ恋愛
2014 なぜ少女は記憶を失わなければならなかったのか?~心の科学者・成海朔の挑戦~
2014 金田一耕助VS明智小五郎ふたたび
2014 金田一耕助VS明智小五郎ふたたび
2013 TOMOHISA YAMASHITA TOUR 2013 -A NUDE-
2013 金田一耕助VS明智小五郎
2013 SUMMER NUDE サマーヌード
2012 MONSTERS
2012 TOMOHISA YAMASHITA LIVE TOUR 2012 エロP
2012 ほんとにあった怖い話 夏の特別編2012
2012 最高の人生の終り方~エンディングプランナー~

人物エピソード・逸話

骨折を押してまで収録に臨んだその根性が、ジャニーズJr.時代の山下智久を変えた。医者から手術を勧められても、痛み止めで凌いでギプス姿でスタジオに現れた11歳。その姿にスタッフが放った「根性あるな」の一言が、彼の運命を切り拓いたのだ。

滝沢秀明に憧れてジャニーズ事務所の門を叩き、不安定な日々を送りながらも、類稀なる行動力でチャンスを掴み取る。その姿勢はデビュー後も変わらない。『クロサギ』での連ドラ単独初主演をきっかけにソロデビューした「抱いてセニョリータ」は80万枚を超えるヒットを記録。月9ドラマ『プロポーズ大作戦』をはじめ、計5作の月9主演を務めるなど、トップアイドルとしての地位を確固たるものにしていく。

しかし、彼の真骨頂は順風満帆な時こそ次の挑戦を求めるところにある。2011年、人気絶頂のNEWSから脱退しソロ活動に専念。映画『あしたのジョー』では役作りのため3ヶ月で8.5kgの減量を敢行し、体脂肪率5%の肉体を鍛え上げた。その執念は第19回日刊スポーツ・ドラマグランプリで主演男優賞をもたらす『アルジャーノンに花束を』や、『コード・ブルー』第三シリーズでの主演男優賞(第94回ザテレビジョンドラマアカデミー賞)といった受賞にも結実している。

更なる飛躍は海外への目線だ。26歳で敢行したアメリカ横断一人旅は、英語でのコミュニケーションに苦労しながらも現地の人々と深く交流。この経験が、2020年にジャニーズ事務所を離れてグローバルに活動する礎となった。グラミー賞授賞式にスペシャルゲストとして招かれるなど、国際的な場でも確かな存在感を示し始めている。

学業と芸能活動の両立で明治大学を卒業した努力家でありながら、常に己を追い込む挑戦者。山下智久の裏側には、単なるアイドルを超えた、圧倒的な「覚悟」が潜んでいるのだ。

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