ゲームを進める途中で、コントローラーを置いて本物の電話をかける。1987年12月にファミコンのディスクシステム用として発売された「中山美穂のトキメキハイスクール」には、そんな仕掛けがあった。
画面に登場するアイドルと、受話器の向こうから聞こえる声。テレビと電話を行き来して遊ぶ仕組みは、人気芸能人の名前を付けただけのソフトとは一味違うものだった。では、あの電話番号はいったい何につながっていたのか。
中山美穂本人と会話するための番号ではない
舞台は、アイドルの中山美穂が正体を隠して通う学校。そこへ転校してきた主人公が、彼女と親しくなっていく。プレイヤーは行動や会話を選びながら、物語を進めることになる。
途中に出てくる電話番号は、実際の音声サービスにつながるものだった。中山の声によるメッセージや、ゲームのヒントを聞ける仕組みである。もちろん、本人が受話器を取り、遊んでいる人とその場で会話をしてくれるわけではない。あらかじめ用意された音声を聞くサービスだ。
それでも、ゲームの中の出来事をきっかけに、現実の電話からアイドルの声が聞こえてくるという体験は独特だ。画面の台詞を目で追うだけでなく、自分で番号を確かめて電話をかける。その手間まで、彼女へ連絡する気分を作る演出になっていたと考えられる。
「中山美穂のゲーム」より先に電話の企画があった
意外なのは、最初から中山美穂のゲームとして発案されたわけではない点だ。任天堂公式サイトの「社長が訊く」で、開発に関わった坂本賀勇は、スクウェアから電話を利用するアドベンチャーゲームの提案を受けた経緯を語っている。
その段階では、誰を登場させるかは決まっていなかった。そこで坂本が、架空の登場人物だけで作るより、実在のアイドルを起用してイベントのように盛り上げる案を出したという。タレントをゲーム化し、後から電話を付け足したのではない。電話を使う遊びを考える中で、アイドルの存在が組み合わさったのだ。
この順番を知ると、作品の見え方も少し変わる。中山美穂という人気者に会いたい気持ちと、電話を使ってゲームの外へ出る感覚。その二つが重なることが、企画の大きな魅力だったのである。
当時の電話サービスはすでに終了
ただし、当時の音声サービスはすでに終了している。ソフトが中古市場などに残っていても、電話まで発売当時と同じように利用できるわけではない。残された画面や攻略情報に昔の番号が載っていても、現在の連絡先として使うべきものではない。
電話で聞けたヒントやメッセージは、文字資料としても残されている。物語や攻略の内容を追い直すことと、その時代のサービスを受話器越しに体験することは、ここで分かれる。ソフトだけでは当時の遊びがすべて戻ってこないところにも、この作品の特徴がある。
スマートフォンで動画も声も簡単に届く時代とは違う。ファミコンから少し離れ、電話の前へ行くこと自体が冒険の続きだった。「トキメキ」は、テレビの中だけには収まっていなかったのである。