本文へ移動
ウワサの真相

爆笑問題・太田光「叙々苑のロゴ」を書いた亡き父親…息子も筆を執った「意外な共通点」

「叙々苑」の筆文字を手がけたのは、爆笑問題・太田光の父・三郎氏。店の内装から看板まで担った父と、映画「実りゆく」の題字を書いた息子の意外な共通点。

中央に叙々苑の筆文字ロゴが掲載された叙々苑公式サイトの画面
出典:叙々苑 公式サイト
Advertisements

 高級焼き肉店「叙々苑」の看板に躍る、独特の筆文字。あの文字を書いたのは、爆笑問題・太田光の亡き父・三郎氏だ。

 太田自身もたびたび明かしてきた話だが、父と同店のつながりは、文字を提供しただけではなかった。しかも、その仕事をたどっていくと、息子との思わぬ共通点まで浮かび上がる。

「叙々苑」のロゴだけでなく、六本木1号店の内装も

 叙々苑の創業は1976年4月。六本木に最初の店がオープンした。当時の太田はまだ10歳で、芸能界入りするはるか前のことだ。

 建築の仕事をしていた三郎氏は、その店づくりに携わっていた。父の死後に「女性自身」の取材に応じた太田の母は、六本木の最初の店舗を夫が設計し、書道にも親しんでいたことから看板の文字も書いたと説明している。店の中だけでなく、入口で客を迎える文字にまで仕事を残していたのだ。

 2024年4月に公開されたCBCテレビ「太田×石井のデララバ」の公式YouTube動画でも、太田は父が内装とロゴの文字を手がけたと紹介。自身も子どもの頃、1号店の開店時に足を運んだと振り返っていた。人気芸人になった息子を通じて生まれた縁ではなく、父の仕事に息子がついていった思い出なのである。

Advertisements

太田光がお笑いを志した原点は「父への憧れ」

 そんな父が息子に残したものは、名店にまつわる自慢話だけではない。

 2016年1月のORICON NEWSの取材で、太田は幼い頃の自分を、おとなしい子どもだったと説明。一方の父は、人が集まる場所で周囲を笑わせる存在だったという。かつて落語家を志したこともあり、その姿を離れたところから見ていた太田は「ああいうふうになりたいな」と思っていたそうだ。お笑いの原点は、家庭の中にもあったのである。

 とはいえ、父子が何でも語り合っていたわけではない。同じ取材で太田は、芸人になってからも父との会話は多くなかったと振り返り、仕事で食べていけない時期にも「反対もせず見守ってくれた」と話している。憧れの相手は、進む道を黙って見届ける父でもあった。

父は叙々苑、息子は映画「実りゆく」の題字を

 そして、父子には「笑い」以外にも共通する仕事がある。2020年、太田が筆を執ったのが映画「実りゆく」の題字だ。所属事務所タイタンは、本人が書いた文字と執筆時の写真を公式サイトで公開している。

 まんじゅう大帝国・竹内一希が主演し、八木順一朗が監督を務めた同作は、長野のりんご農家に生まれ、お笑いを志す青年の物語。主人公には、母を亡くして笑顔を失った父を、もう一度笑わせたいという思いがある。父への憧れから芸人になった太田が、父と笑いを描く映画の文字を書いたという巡り合わせも興味深い。

 父は焼き肉店、息子は映画。それぞれの“看板”に、太田家の筆跡が残っていた。

REACTION

爆笑問題・太田光「叙々苑のロゴ」を書いた亡き父親…息子も筆を執った「意外な共通点」 あなたの感想は?

Advertisements

関連記事

Advertisements