杏里「CAT’S EYE」に最初は戸惑い! 「オリビアを聴きながら」の即ブレイクではなかった歌手人生
代表曲が並ぶ杏里にも、デビュー直後から順調だったわけではない時期がある。意外なアニメ主題歌の依頼が、その流れを変えた。

「オリビアを聴きながら」で鮮烈に登場し、「CAT’S EYE」で人気を決定づけた。杏里の代表曲を並べると、デビューからヒット街道を歩いたように見える。だが、本人が振り返る道のりは、それほど一直線ではなかった。
しかも、大きな転機になったCAT’S EYEの依頼に、最初から気持ちが弾んだわけではないという。後の代名詞になる仕事ほど、当人にも意外な形で訪れることがある。
杏里が驚いた「アニメの主題歌」という依頼
杏里は2021年、オーディオテクニカのインタビューで、83年のレコーディング時の心境を明かしている。アニメの主題歌と知って驚き、戸惑ったという。それまで自分が考えていた音楽の方向と、すぐには結びつかなかったのだ。
これを、アニメの仕事を見下していたという話にまで広げるのは早計だろう。初めて向き合う仕事が、自分の進路にどうつながるか見えない。本人の説明から伝わるのは、そんな歌手としての迷いだった。
ところが、テレビアニメ「キャッツ・アイ」の主題歌として流れた曲は大ヒットする。考えていた道筋とは違う入口から、杏里の歌声が広く届いた。歌ってみる前の戸惑いと、世に出た後の手応えが大きく食い違った仕事だったのである。
「オリビア」の浸透と、角松敏生とのアルバム制作
時間を少し戻すと、78年のデビュー曲「オリビアを聴きながら」も、現在の知名度を最初から持っていたわけではない。杏里は17年のデイリースポーツのインタビューで、デビュー直後に一気に売れたのではなく、地方を回って歌っていた時期を振り返っている。
長く歌い継がれた代表曲と、発売時点での売れ方は別物だ。後年の評価から過去を見ると、駆け出しの苦労は見えにくくなる。オリビアという名曲を持ちながら活動を重ねていたところへ、CAT’S EYEという大きな当たりが来たのだった。
その成功は、音楽の方向を狭めるだけには終わらなかった。26年にJ-WAVEが伝えた本人のインタビューでは、CAT’S EYEのヒット後、角松敏生にアルバム全体を任せたいと依頼した流れが語られている。そこで形になったのが「Timely!!」であり、次の「COOOL」へもつながっていく。
広く知られた曲で入口をつくり、アルバムでは自分が進みたい音楽を作る。アニメの主題歌としての成功と、アルバムを通じて育てた歌手像は、対立するだけのものではなかったのだ。
21年のインタビューでも、杏里は制作の方向を自分で選んでいく過程を説明している。大きなヒットに流されて同じ仕事を繰り返したのではなく、得られた機会を次の作品へつないだところに、その後の厚みがある。
最初は戸惑った曲が、歌手としての選択肢を増やした。CAT’S EYEは杏里を有名にしただけではない。その先にどんな音楽を作るか、自分で踏み出す足場にもなったのである。