幻のポケモン・ミュウは最後に追加された 開発者が語る300バイトの隙間
初代『ポケットモンスター』のミュウは、デバッグ用プログラムを外してできた空きに追加された。通常は出現しない想定だった存在が、思わぬ形で知られていった。

幻のポケモンとして知られるミュウは、初代『ポケットモンスター 赤・緑』の開発終盤に追加された。しかも、カートリッジに余裕があったわけではない。開発者の森本茂樹が明かしたのは、確認作業に使うプログラムを外し、わずかに生まれた空きへ入れたという経緯だった。
『赤・緑』は1996年2月27日にゲームボーイ用ソフトとして発売された。森本は当時、プログラマーとして開発に参加。後年、任天堂公式のインタビューで、プロデューサーの石原恒和らとともに、発売前後の出来事を振り返っている。
製品には残さないプログラムを外して生まれた空き
森本によると、ソフトの容量はほぼ埋まっていた。そこで空きができたのは、不具合を調べるデバッグ用のプログラムを取り除いたためだった。製品版には含めない部分を外すと、300バイト分が空いた。その場所にミュウを追加できそうだと考えたという。
ただし、これは開発の最初から決まっていた作業ではない。不具合の確認を終えた後はデータを変更しないのが原則だと、対談では石原も指摘している。確認済みの内容に後から手を加えることへの懸念もあった。森本自身、今なら考えにくい行動だったと振り返っている。
また、森本が誰にも知らせず一人で入れた、という説明でもない。本人は、田尻智も交えた遊び心からの追加だったと語っている。何かの機会に活用できればよく、その機会がなければ、存在を表に出さないままでも構わないと考えていた。
出現は予定した宣伝ではなかった
ミュウは、開発側が出すための仕組みを用意しなければ、プレイヤーの前に現れないはずだった。ところが森本によると、想定外の不具合によって一部の人のゲームに出現してしまった。偶然に見せかけた計画的な宣伝だったのではなく、本人たちにも予期しない展開だったという。
その後、1996年4月発売の児童誌で、ミュウをプレゼントする企画が告知された。公式インタビューの注記では、20人の当選枠に約7万8000通の応募があったとされる。石原は、口コミや雑誌での紹介とともに、ミュウの存在が人気を後押ししたと振り返った。最初から大きな販売戦略として仕込んだ、という話とは違っている。
小さな空きに入れた存在は、作り手の想定を超えて知られていった。
