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ニューオールドメディア

役所広司には「諫早広司」という芸名案もあった 故郷で明かした師匠とのやり取り

役所広司の芸名候補には、故郷の名を冠した「諫早広司」もあった。本人が断った理由を語ったのは、2023年の市民栄誉賞授与式。かつて芸名にすることをためらった街へ、受賞俳優として帰ってきた。

2015年の東京国際映画祭で撮影された役所広司
出典:Flickr/役所広司(2015年・東京国際映画祭) 撮影:Dick Thomas Johnson CC BY 2.0(縮小表示)
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 役所広司の芸名には、「諫早広司」という候補もあった。名付け親は師匠の仲代達矢で、長崎県諫早市という故郷の名を取り入れたものだ。しかし役所は、これを断ったという。そのやり取りを本人が披露した場所が、ほかならぬ諫早の市民栄誉賞授与式だった。

 2023年12月2日、諫早文化会館に役所を迎えて授与式が開かれた。映画『PERFECT DAYS』でカンヌ国際映画祭の最優秀男優賞に輝いた功績をたたえるもので、諫早市の市民栄誉賞は内村航平に続く2人目。市民ら約860人が、その姿を見守った。

仲代達矢が考えた、故郷の名を冠する案

 芸名の話は、役所が受賞への感謝を語る中で出てきた。俳優になる際、仲代が名前を考えてくれることになり、その候補に諫早広司があった。役所は、その名を名乗ったら諫早に帰れなくなるとして、別の名にしてほしいと頼んだと振り返っている。

 2023年12月に公開されたインタビューでも、役所は同じエピソードを笑い交じりに話していた。その取材では、上京せず長崎に残っていたらどうなっていたのか、と考えることがあるとも語っている。東京を見たいと思って故郷を出た選択が、今の自分につながっているという受け止めだった。

 帰れなくなるから勘弁してほしい、と頼んだ若い頃。その芸名案を、故郷から表彰される場で自ら持ち出す。役所という名で重ねた年月があってこそ、笑って話せる思い出になったのだろう。実際に諫早広司として活動していた時期がある、という話ではない。

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映画が身近にあった諫早での子ども時代

 授与式では、諫早で映画に親しんだ記憶も語られた。実家は飲料を売店や映画館へ届ける仕事をしており、役所も時折、配達に行っていたという。映画館で上映中の作品を少しのぞいたり、飾られた映画の写真を眺めたりすることが楽しみだった。

 この日の記念イベントでは、主演作『PERFECT DAYS』も上映された。市民へのお礼として役所自身が提案し、映画の製作・配給側の協力で実現したものだ。かつて映画館をのぞいた少年は、自分が出演した作品を携えて故郷に戻ってきた。

 役所が謝辞の締めくくりで語ったのは、遠い将来にも見てもらえる映画への参加という夢と、また諫早へ戻れるよう努めたいという思いだった。芸名に地名は入らなかったが、故郷との縁は続いている。

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