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ニューオールドメディア

『パックマン』は女性やカップルに遊んでほしかった 岩谷徹が目指したゲームセンター

『パックマン』の企画で岩谷徹が思い描いたのは、女性やカップルが楽しむ姿だった。親しみやすいキャラクターと、初めてでも内容をつかめる操作に込めた狙い。

2011年のゲーム開発者会議GDCで講演する、眼鏡と黒いジャケット姿の岩谷徹
出典:Wikimedia Commons/GDC 2011 - 3/2 (Day 3) 提供:Official GDC 撮影:V. Diamante 切り抜き:Pittigrilli CC BY 2.0(既存の切り抜き版を縮小表示・左右に余白)
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 1980年に登場した『パックマン』は、迷路の中で敵を避けながら食べ進むゲームだ。企画した岩谷徹が当初思い描いていたのは、日本の女性やカップルが楽しむ姿だった。かわいらしい主人公も、操作のわかりやすさも、ゲームに接する人を増やしたいという狙いにつながっている。

 2019年に公開されたバンダイナムコのインタビューで、岩谷は当時のゲームセンターを、主に男性が遊ぶ場所として捉えていたと語っている。その客層だけにとどまっていては、ビデオゲームが先細りするのではないか。女性やカップルにも足を運んでもらえる場にしたいと考えたという。

難しく作りすぎた経験を次へ

 遊ぶ人を広げようとした背景には、以前の作品での反省もあった。岩谷が開発に関わった『ジービー』は、ブロック崩しとピンボールの要素を組み合わせたゲーム。しかし、難しく作りすぎてしまい、当初は数が出たものの、その後の売り上げが落ちたと振り返っている。

 その経験を踏まえ、『パックマン』では初心者も迷わず始められることを大切にした。操作に使うのは上下左右へ動かすレバー。敵につかまらないように、画面上の点を食べていくという目的も、短く伝えられる。遊ぶ前に長い説明を覚える必要を減らすことが、企画の重要な点だった。

 親しみやすいキャラクターも、最初から意識していた要素だった。岩谷は開発中にTシャツやぬいぐるみまで自作していたと話している。画面の中で操作するものとしてだけでなく、手元にも置きたくなる存在を考えていたことがうかがえる。

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試遊の笑顔で感じた手応え

 公式の年表によれば、最初のロケーションテストは1980年5月22日、渋谷で行われた。発売前に店などへ置き、反応を確かめる試遊の機会だ。岩谷は、テストで女性が声を上げながら笑顔で遊ぶのを見て、思い描いていた狙いが届いたと感じたという。その光景は長く記憶に残った。

 一方、アメリカでの大きな人気は本人にも予想外だった。海外のショーでは、岩谷が英語で説明するより、黙っていたほうが相手が遊べたという経験もあった。見れば内容をつかめる設計が役立ったと、本人は振り返る。初めてビデオゲームに触れる人の入口になれたのではないか、というのが岩谷の見方だ。

 かわいらしい姿の奥には、遊ぶ人と場所を広げたいという考えがあった。

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