荻野目洋子『ダンシング・ヒーロー』は盆踊りの定番だった 愛知で育ったもう一つの歴史
『ダンシング・ヒーロー』が一宮の盆踊りに登場したのは1986年。若者にも踊ってもらおうと生まれた振り付けは、師範たちを通じて広がっていった。

荻野目洋子の『ダンシング・ヒーロー』は、愛知や岐阜の盆踊りでも親しまれてきた。一宮七夕まつりで流れるようになったのは1986年。会場では体を回したり、手を上げて跳ねたりしながら、歌に合わせて人々が踊る。ステージで歌われる曲には、地域の輪の中で育った歴史もある。
2017年には、荻野目が大阪府立登美丘高校とともに日本レコード大賞の特別賞を受けた。その年の話題から盆踊りに取り入れられたと思うと、時期が大きくずれる。一宮では、それより30年以上前から踊られていたことになる。
若者にも踊ってもらうための振り付け
盆踊りの振り付けを考えたのは、名古屋を拠点とする日本民踊研究会だった。2018年の取材で、当時の会長・可知豊親は、若い世代が楽しく参加できるように作られたと振り返っている。振り付けは各地の師範を通じて伝わり、踊る場が増えていった。
この経緯は、地域の指導者の話にも残っている。岩倉市の広報誌が2024年に掲載した日本民踊研究会師範・加藤豊香玉へのインタビューによると、振り付けを作ったのは同会の二代目。加藤も尾張の盆踊りで踊るようになり、テンポのよさと楽しさから定番になったと話している。
加藤が指導や振り付けで心がけてきたのは、初めての人にも覚えやすく、踊りやすいことだ。習っている人だけが踊れるのでは、参加者の多い盆踊りには合わない。決まった振りを踊りやすく変える場合もあるという。曲を広める側には、輪に入りやすくする工夫もあった。
2018年には荻野目洋子も会場へ
長く踊られてきた一宮では、2018年7月29日、荻野目本人が七夕まつりに登場した。会場の人たちは、その生歌に合わせて踊った。荻野目も、毎年曲に合わせて踊ってくれる人たちへ感謝を伝えている。
愛知だけの習慣でもない。岐阜県美濃加茂市の『おん祭MINOKAMO』でも親しまれ、県の公式観光サイトに載る2026年の盆踊り案内では、『美濃加茂踊り』などと並んで曲名が挙がっている。一時の話題で終わらず、地元の踊りの曲目に残っていることが分かる。
再び注目を浴びる前から、夏ごとに踊ってきた人たちがいた。