『相棒』は最初から連続ドラマではなかった 脚本家を1年半待った企画の出発点
『相棒』は2000年の単発ドラマから始まり、3作を経て連続ドラマになった。番組公式の制作対談には、主演の2人を先に決め、脚本家の輿水泰弘を1年半待ったという企画段階の話が残っている。

水谷豊演じる杉下右京と、寺脇康文演じる亀山薫。『相棒』の出発点は、毎週放送される連続ドラマではなかった。2人が最初に登場したのは、2000年6月3日の『土曜ワイド劇場』。その後も単発作品として制作され、3作を経た2002年秋、水曜夜の連続ドラマになった。
初回から長期シリーズの形が整っていた、と歴史をさかのぼると、この段階を飛ばしてしまう。番組公式サイトに残るチーフプロデューサー・松本基弘と脚本家・輿水泰弘の対談には、最初の1本を生むまでにも待ち時間があったことが記されている。
水谷豊と寺脇康文は企画の初めから決まっていた
松本は、テレビで見たドラマの脚本にひかれ、輿水を探して連絡したと話している。水谷と寺脇を組ませることは当初から決めていたが、輿水には別の仕事があった。それでも他の書き手に替えるのではなく、参加できるまで1年半待ったという。
輿水は、自分はそれまでラブコメを書いてきたのに、サスペンスを任せようとする松本の発想に驚いたと振り返る。長く待ってまで依頼した側と、そこまで待つのかと驚く側。後にシリーズを支える2人のやり取りは、企画段階から始まっていた。
主人公の職業にも選択があった。松本は、水谷と寺脇それぞれと素人探偵のシリーズを手がけていたが、今回は刑事を主人公に据えたと説明。輿水からは、舞台を警視庁に広げる案が出た。出演者だけでなく、2人をどこで動かすかも話し合われていた。
単発の第2作にも残る『相棒』の原型
同じ対談で輿水は、『土曜ワイド劇場』時代の第2作を、その後につながる転機として挙げている。松本も、伊丹刑事の亀山への呼びかけや、生瀬勝久が演じた人物の存在を例に挙げた。単発時代は、後のシリーズと切り離された試作だったわけではない。
2002年の連続ドラマ開始時の公式紹介にも、特命係の2人が単発の3作で関わった事件が織り込まれている。視聴者が毎週会えるようになる前から、右京と薫には共に事件を解決してきた時間があった。
企画の初めに決まっていた主演の組み合わせ、脚本家を待った1年半、そして単発3作。『相棒』の連続ドラマは、その積み重ねの先で始まった。