『ピタゴラスイッチ』の佐藤雅彦は『I.Q』も生んでいた CMからゲームへ進んだ転機
『ピタゴラスイッチ』で知られる佐藤雅彦が、1997年発売のゲーム『I.Q』を生むまで。頭に浮かんだ映像を持って開発会社を訪ね、仲間と遊びの仕組みを考え続けた経緯を本人が振り返っている。

迫ってくる立方体を避けながら消していく、プレイステーションの『I.Q』。1997年発売のこのゲームを生んだのは、CM制作で活躍していた佐藤雅彦だった。後に『だんご3兄弟』や『ピタゴラスイッチ』を手がけることになる佐藤にとって、ゲームづくりは仕事の方向を見定める転機でもあった。
佐藤は2018年、プレイステーション公式のインタビューで制作の経緯を振り返っている。1994年6月、電通を退社して企画事務所を設立。広告の仕事は電通専属で続けながら、ほかの分野にも挑むことになった。気になっていたのは、CMで培ってきた世界観づくりの方法を、広告以外にも広げられるのではないかということだった。
頭に浮かんだ映像を持って開発会社へ
翌1995年4月9日、東京の空を眺めていた佐藤の頭に、暗い空間に浮かぶ足場と、その上を大きな物体が転がってくる映像が浮かんだという。足場にいる人を左右へ逃がすイメージもあった。考えるうちに、一方通行で見せるCMとは違い、これはゲームになるのかもしれないと思い至った。
そこで、当時のソニー・コンピュータエンタテインメントを約束なしに訪ねた。受付では取り次いでもらえなかったが、通りかかった副社長の丸山茂雄が話を聞き、社内で説明する機会を設けてくれた。その後、プロデューサーとなる山元哲治のチームと開発を進めることになった。
思い描いた世界に遊び方を加える
開発スタッフが最初に映像を動かしてくれたとき、佐藤は感激した。ところが、スタッフの反応は鈍かった。頭にある光景を再現できても、遊びとしての面白さがまだ足りなかったのだ。佐藤は企画書を何度も出し直し、ルールを考える日々に入った。
制作には、デザイナーの中村至男や、CMをともにつくってきたうちのますみも加わった。中村と画面のデザインや問題づくりに取り組む一方、うちのますみとは作品全体の雰囲気や音楽の方向性を話し合った。佐藤ひとりの着想を、仲間と実際に遊べる形へ近づけていった。
佐藤によると、ルールの核が固まったのは1996年1月だった。立方体に潰されてもすぐにはゲームオーバーにしない仕組みや、性質の異なる3種類の立方体によって、判断する余地が生まれた。さらに問題を自分で繰り返し遊び、面白いと感じるものを選びながら磨いていった。
後の教育番組にもつながる表現への手応えを、佐藤はこのゲームづくりで得たという。