『どうぶつの森』の原案にはダンジョンがあった 冒険から村の暮らしへ変わった転機
『どうぶつの森』は、家族が時間をずらして冒険する案から始まった。64DD用からNINTENDO 64のカセットへ変更する過程で、残されたのは人の遊びが互いに影響する仕組みだった。

どうぶつたちの住む村で部屋を飾り、思い思いに過ごす『どうぶつの森』。開発の出発点には、ダンジョンを冒険する案があった。家族が別々の時間に同じ世界を遊び、前の人の行動が次の人につながっていく。暮らしの舞台ができる前から、人と人を結ぶ仕組みを考えていた。
開発に関わった江口勝也と野上恒は、2008年12月に行われた任天堂のゲームセミナーで、企画の変遷を話している。当初はNINTENDO 64の周辺機器である64DD向けに、多くのデータを保存できる特徴を生かそうとしていた。広い世界に複数の人の行動を残す構想だった。
家族が同じ時間に遊べなくても
江口の発想には、自分の生活が関わっていた。仕事が忙しく、家族と一緒にゲームをする時間が取れない。そこで、子どもが昼間に進めた冒険の痕跡を残し、夜に帰宅した父親がそれを手がかりに先へ進む、という遊びを考えた。同時に集まれなくても、同じ体験を共有できるようにしたかったのだ。
プレイヤーは強い勇者ではなく、自分にできないことをどうぶつの力で補う存在だった。連れていくどうぶつによって得意なことが違い、行けない場所は別の人に助けてもらう。どうぶつは当初から話し相手として置かれたのではなく、冒険を手助けする役目を持っていた。
保存容量が減っても残したかったもの
転機は、64DD向けのままでは発売できなくなり、NINTENDO 64のカセットへ変更することになったときだった。保存に使える容量が減るため、内容を大幅に絞る必要が生じた。企画にあった四季を表す四つの島や深いダンジョンを縮小・整理し、舞台は小さな村へと変わっていった。
野上によれば、冒険はもともと導入部分として考えていたものだった。その部分を取り除き、プレイヤー同士の交流に絞ってゲームをつくることにしたという。広い場所を探索する代わりに、自分の部屋を飾って見せ合う遊びが生まれ、家具の入手先や村で使うお金も考えられていった。
どうぶつの役割も変わった。江口は、冒険を助ける動物から、立って会話する相手にしたと説明している。遊ぶ時間によって手に入るものが違う仕組みも、人とやり取りするきっかけになった。冒険をやめても、別の時間に遊ぶ人たちを結ぶという考えは残っていた。
ダンジョンが消えたあとに、暮らしを通じてつながる村が残った。
