『木綿のハンカチーフ』は詞が長すぎた? 電話がつながらない間に生まれた曲
『木綿のハンカチーフ』は、松本隆の歌詞に筒美京平が曲を付けた作品だ。その長さに困った筒美はディレクターへ電話をしようとしたものの、連絡がつかなかったという。松本が語った作曲時の出来事と、歌詞に込めた発想。

太田裕美が歌った『木綿のハンカチーフ』は、1975年12月にシングルとして発売された。松本隆が先に歌詞を書き、その言葉に筒美京平が曲を付けた作品だ。ただ、作曲は初めからすんなり進んだわけではなかった。筒美は、届いた詞の長さに困っていたという。
松本がこの出来事を話したのは、2024年4月のラジオ番組『風街ラヂオ』。番組公式記事によると、筒美は、それまで見たことがないほど長い詞なので曲を付けられないと難色を示した。当初は作曲家にとって扱いにくかった言葉が、後に広く親しまれる歌になった。
ディレクターと連絡がつかないまま朝に
そこで筒美はディレクターへ電話をかけようとしたが、つながらなかった。松本は当時、携帯電話がなかったことにも触れている。すぐに相手を捕まえて相談することができないまま時間が過ぎ、朝には曲が出来上がっていたという。
松本の回想では、完成後の筒美は出来栄えを喜び、最初にこぼしていた詞の長さの話も忘れたように上機嫌だった。作曲前に抱いた難しさは、完成した曲への手応えに変わったのだ。連絡のつかない時間にも作曲が進み、筒美自身が満足する曲へと変わっていた。
松本隆が男女のやり取りに重ねたもの
その歌詞には、松本なりの発想があった。同じ番組で挙げたのは『万葉集』だ。古い時代の文学として遠くに感じていたものの、読んでみると、男女が恋に悩み、会えない寂しさを抱える歌が多い。自分が書いている歌とも通じると感じたという。
奈良時代でも現代でも、恋をする人の気持ちは変わらない。そう考えるようになった時期に書いた曲の一つが『木綿のハンカチーフ』だった。男女の言葉を行き来させる形には、時代を超えて続くやり取りへの関心もあった。
また、2019年のインタビューでは、地方から都会へ出てきた人の気持ちを考えてほしいと、担当ディレクターの白川隆三から言われたことも明かしている。身近な相手を観察し、都会と地方を対比させて書いた。形式だけでなく、どこにいる誰の気持ちを書くのかも考えた詞だった。
最初は長さが難題になった。その言葉を受け止めた筒美の旋律とともに、一曲が出来上がった。